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劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン 後編
 2020年9月18日に劇場公開され、来たる2021年10月13日にメディア発売が予定されている、「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」のレビュー後編をお届けいたします。

 この記事は、レビュー前編の続きになっております。まだお読みでない方は、そちらから先に読まれることをお勧めいたします。

 また、本記事は超・長文コンテンツです。過去に私がアップした最長記事の2倍以上の長さがあります。もし中断することなく一気読みをされるような方がいらっしゃるなら、長編映画をご覧になる前と同じように、事前にお手洗い等を済ませて万全の状態で読み始めることを強く強く推奨いたします。

 ここまでの大量のテキストを私の中から出力することは、流石にもう無いかも知れません。そういう意味では、これは私の「最後の手紙」なのでしょう。この手紙を私に書かせて下さった、劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデンの制作スタッフの皆様、その他この映画に関わってくださった全ての方々、過去から現在まで京都アニメーション様の活動に関わったり陰に日向に応援してこられた全ての方々、そして、当ブログの更新を楽しみにして待って下さった全ての皆様に、この記事を捧げます。Sorry, but Thank You, and....


 
【目次】

レビュー前編(別記事)>
Prologue~暗きを抜けて進むが如くに

葬送と追憶の挟間に

死と向き合う少年の依頼~3通の手紙

追憶と後悔の先に

<レビュー後編(この記事)>
Intermission~かすかな軌跡を辿って

後悔と相聞の果てに

死へと向かう少年の願い~3つの思い

祝福~ひかりあれ

Epilogue~3つの言葉



~~~



 

【Intermission~かすかな軌跡を辿って】

 歩いてみる。かつての人の足跡の上を。


 その歩みには、何かの理由がきっとあったのだろう。

 今となってはもう、その人に尋ねることはできないけれど、
 その人の歩んだ道のりを、訪ねてみることはできる。
 
 今になって辿っても、何もわからないかもしれないけれど、
 何か得るものがありそうな、そんな予感がする。

 だから私は、歩いてみることにした。自分の、この足で。


 その人が暮らしていたであろう建物。


 その人が使ったかもしれない道具。


 その人のことを知っている人物。


 辿っていくうち、おぼろだったものが像を結び始める。
 わからなかった思いが、自分の中でも脈打ち始める。
 もう少しだ。きっともう少しで、そこに行けるはず…。


 だから、私は歩いていく。かつての人の、その足跡の上を。


~~~


 ユリスがそうだったように、両親に対して素直になれていないデイジー。

 もちろん、彼女はユリスのことを知りませんし、ましてやヴァイオレットとユリスの間で交わされた言葉など知る由もありません。しかし、何かに導かれるようにしてデイジーは親のところを離れて小旅行に出かけ、かつてのヴァイオレットの軌跡を追うため、ライデンに赴きます。

 戦後の混乱期に、民間企業として人と人との思いを繋ぐ仕事の一端を担ったC.H郵便社は、他の会社とともに国の事業に統合された後、本社施設は当時の様々な痕跡を残す記念館になっているようです。その建物を訪ね、中を見学するデイジー。

 温故知新、という言葉があります。故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る。これは決して「古いもの礼賛」ではなく、過去から遺されてきたものに触れて何かを掴み取り、新たな道のりへとつないでいく、という意味合いだと思います。デイジーが辿っている道のりも、「過去の何かを道しるべにして、これからの自分に必要なものを得る」旅であるように思われますね。



 過去と未来とが緩く繋がっていることが、短いカットやシーンのあちこちに顔を出します。

 あちこち古くなってはいるものの今も健在な建物、ホッジンズが座っていた社長室の机、ドールたちが働いていた代筆室の風景、彼女らが使っていたタイプライターの数々は、往時の息吹を今に伝えます。

 ちょっとだけ画面に映るセピア色の集合写真には、ヴァイオレットはいませんが、外伝の主人公の一人であるテイラーが映っています。「郵便配達人になる」という夢を叶えたんですね、テイラーは。

 記念館の中に座って、時折居眠りをしているらしい案内人の老婆は、ヴァイオレットと同時代に郵便社の受付で仕事をしていたネリネです。当時の空気も、ヴァイオレットのことも、ある程度とは言え「直接」知っている人物です。


 いずれも、画面内にヴァイオレットの面影そのものは出てきません。そう言えば本作冒頭、デイジーがヴァイオレットの軌跡を追いかけるきっかけになったシーンでも、新聞の切り抜きの上にヴァイオレットはちょっとだけ姿を見せたものの、その顔は画面に映りませんでした。

 ヴァイオレットの手掛かりは、あちこちに見え隠れしています。しかし、デイジーはまだその「本丸」には辿り着いていない。辿り着くことができたら、きっとデイジーは一皮むけて、新たな思いとともに前に進めるようになるのでしょう。今はその途上にあって、しかし少しずつゴールに近づいている…そんな風に見えますね。



 恐らくは、奇しくも今のデイジーと同じ場所を目指そうとしている、あの時のヴァイオレットも。



 彼女たちの目指す先、エカルテ島。そこにあるのは希望か、それとも………。



 

【後悔と相聞の果てに】

 その言葉は、滔々と送り出される。

 亡き人を、
 もう帰ってこない人を悼み、
 その魂を海へ帰す言葉が、
 切々とやむことなく紡がれていく。

 その葬送の言葉を聞きながら、
 私は、行き場を失くして閉じ込めた、
 自分の思いを見つめていた。

 私の思いは今もまだ、
 あの時のまま胸の中にあって、
 何処にも行けないままでいる。

 出口を求めて思いは暴れ、
 私の後悔や決意とぶつかり、
 壊して行ってしまいそうだ。

 ああ、何故、こんなことに…。



 その言葉は、途切れ途切れにしか出てこない。

 思い人へ、
 ようやく会えるあの人へ渡すべき、
 自分の気持ちを表す言葉を、
 私は幾度も書きあぐねている。

 千切れに千切れた言葉を読み返し、
 私は、波間に吹かれて飛びそうな、
 自分の思いを見つめていた。

 私の思いは今もまだ、
 あの時のまま胸の中にあって、
 勝手に先へ進もうとする。

 希望を求めて思いは走り、
 私の言葉も魂も置いて、
 残して行ってしまいそうだ。

 ああ、何故、こんなことに…。



 「「どうして、こんなことになったのだろう。」」


 「「あの時、一体どうすればよかったのだろう。」」


 「「そしてこれから、一体どうすればよいのだろう。」」



 二人の距離は、

 今もまだ、

 果てしなく遠い。



 二人の心は、

 あの時からずっと、

 同じところにいるのに。


~~~


 時は再び遡り、ヴァイオレットの時代のエカルテ島。このシーンも序盤と同じく、葬送の場面から始まります。


 それはやはり特定の誰かの葬送ではなく、戦争でこの土地から出ていったまま帰らなかった、多くの人たちの葬送です。ライデンの式典でイルマが読んだのと同じもの…ヴァイオレットが紡いだ「海への賛歌」が読み上げられていきます。


 そこでそれぞれの肉親を悼んで祈る、島に遺された女性、子ども、老人たちの中に、片腕と片目を失った青年が一人…。


 その名は、ギルベルト・ブーゲンビリア。かつては軍服に身を包む陸軍将校だったはずの彼は、今は地場の人間と同じような粗末な出で立ちで、海風に吹かれるまま、葬送の言葉に耳を傾けています。いや、しかし、この様子は…周囲の人たちとは、何かが違います。悼む気持ちだけでは決して表れてこないような、何か険しい表情。そこに今も片方だけ残る彼の眼は、以前のような美しい煌めきを空に返すこともなく、くすんだ色合いを晒すのみ。戦火の責任を、その結果として故郷へ帰ることなく死んでいった島民たちへの責任を、一人で抱えてでもいるかのようです。

 これが…ギルベルト少佐?別れ際のヴァイオレットへ笑顔とともに「あいしてる」を与え、生きてまみえることを願ってヴァイオレットがずっと思い続けている、あの少佐?

 確かに、自分はヴァイオレットに対してひどい事をしている、などと思い悩んでいる時のギルベルトは、これまでの回想シーンでも度々苦悩の表情で描かれてきました。それでも、それはあくまでもギルベルトの一面であり、そうでない部分~ヴァイオレットに対して優しく微笑みかけるギルベルトの様子なども、繰り返し描かれてきたのです。一方、今のこのギルベルトの荒みようは…まるで別人のようじゃないですか。少なくともこのギルベルトからは、生きていくことに対する前向きな意志というものも、愛する者のために何かを為そうとするエネルギーも…およそ人が生きるためにどうしても必要なものを、一切感じないのです。

 贖罪、なのでしょうか。

 それも、「自分の生も生きながら贖罪していく」ではなく、「贖罪のみのために生きる」ような…もしそうだとすれば、まるで生気を感じないようなギルベルトの様子には合点がいきますが、本当にそのような、重い重い決断を?

 そこでの会話によればエカルテ島の人々は、ギルベルトが属していたライデンシャフトリヒの敵方に与したようですから、もしかしたらギルベルトが直接・間接に手を下してしまった人も、確かにいたかも知れません。戦争で人を傷つけたこと、殺めたこと、その重さも罪も忘れていい、なんてことは決して思いませんが…だからと言って、ギルベルト一人に全ての責任があるわけでもないでしょう。なのに、一人で全部抱え込むようにして、自分の生の理由を贖罪だけにして生きていくなんて…そんな辛い選択、本当にすべきなんでしょうか。

中年の女性「さっき朗読したのは、
  今年ライデンの感謝祭で
  捧げられたものなのよ。
  有名なドールが書いたものなんですって。
  ヴァイオレット……
  エヴァーガーデンっていう…。」
ギルベルト「……!!」


 それまで静かに、しかし険しい表情で佇むだけだったギルベルトの、激しい動揺。その名前は、今でもギルベルトの心を大きく揺さぶるくらい、彼の中で大きな位置を占める名前のようです。全てを捨てて達観し尽くしてしまった人は、こんなに動揺なんてしないはずですから。

 つまり、ギルベルトの中には、「贖罪のみで生きること」への決心に、まだ綻びがあるのです。修行を終えて俗世の誘惑から完全に解脱した聖職者とは訳が違います。今も苦悩とともにある、一個の、生身の人間なのですよ。

子ども「いこ~?」

ギルベルト「……………。」

子ども「せんせえ、だーいすき!」

ギルベルト「……………。」


 この子どもの慕い方から見ても、この島での普段のギルベルトは恐らく「良い先生」なのでしょう。ですが、今はその子どもの無邪気な笑顔に、ギルベルトはとても辛そうな、消極的な拒絶の匂いを返すばかりで…それはまるで、「自分には、人の好意に応える資格がない」とでも思っているかのようです。

 本作の前半で生存を匂わせるように画面に登場したギルベルトはヴァイオレットの名をつい口に出していましたし、先ほどもその名を聞いただけで激しく動揺していたくらいなのですから、今もヴァイオレットへの強い思いを抱いていることは間違いないはずです。しかし、もし「自分にはその資格がない」と思っているなら…自分が今も生きていることを誰にも知らせず、この隠遁者のような生活をひっそりと送っていることと辻褄が合うのです。


 このシーンについてはもう一点、書いておくべきことがあって。


 それは、島の人々とギルベルトの「向いている方向」についてです。


 葬送は…本作冒頭でイルマが賛歌を読み上げるシーンでもそうでしたが…主に画面の「左側」に向かって行われています。人々の正面や後ろからなめるカットが一部にありますが、彼らが「右側」を向いているカットは一切無く、それ以外は島の人々もギルベルトも、皆が画面の左側を向いているんです。この「画面の左側」が、彼らから見た「過去」を象徴していて、過去の死に対して祈っているのだと仮定すると…反対方向である「画面の右側」は「未来」ということになります。すると、葬送が終わった後に島の人々が画面の右側へと歩いていく描写が、「過去への気持ちに区切りを付けることができたので、未来に向かって歩んでいこう」という意味合いになってキレイにまとまるんですよ。そしてまた、周りの人々がそうやって「それぞれの未来」を向いているにもかかわらず、ギルベルトだけはずっと同じ方向を見たまま動こうとしないのです。ここからはギルベルトが「過去だけを見続けていて、未来を見ようとしない」という意味が読み取れます。更に、結局ギルベルトは、「自分へ好意を寄せる少女」に手を引かれて、ようやく「未来の方角」へと歩み始めるんです。

 ……何という、何という仕込みの鬼かと!!

 これが「アバンに全てを込める京アニさんの変態的スキル」ですよ、皆さん!ここは正確に言えばアバンではないのですが、インターミッションを挟んで後半戦出発となるこの部分に置かれているわけですから、「後半部分に対してのアバン的な何か」であるわけで。いやー、もう何度もこの手の仕掛けには唸らされてきてますけど、未だに一向に慣れることがないと言いますか…こんなんマヂでよく思いつくなぁと毎回思いますし、それがまた細部まで調整が施された極上のシーンに仕上がってきているものですからね…。

 島の上部に開かれた空は、そして海に囲まれたその自然は、必ずしも悲しみの色ではなくて、むしろ開放的と言ってもいい色だと思うのです。なのに、少佐の周辺の微妙にくすんだ色彩は、明るいなどとは決して言えない、絶妙な「昏(くら)さ」を醸し出していて…いやぁ…見てる方は確かに「ああ、そうだな」と思いますけど、これ、やろうと思ったらそういう風にできるもんなんですか?京アニくんさあ…キミ、ちょっとクオリティがおかしくない?(いい意味で)



 ホッジンズと一緒に、少佐がいるかも知れないエカルテ島へ向かって旅をするヴァイオレット。

 その道中、カトレアの勧めに従って、ヴァイオレットは少佐への思いをまとめた手紙をしたためようとするのですが…なかなか思うに任せません。本作の序盤ではそれなりに良い手紙を書いていただけに、ギャップの大きさに見ている方が戸惑ってしまうほどです。

 私はどうしても個人的な経験を、ここのヴァイオレットに重ねてしまいますね。私も、「レビューをひとまとめにしよう」とする時には、似たような苦悶にさらされておりますので(爆)。いやいや!手紙とレビューじゃあ、内容も勝手も全然違うだろ!と仰りたいあなた。まあそう言わず聞いてくださいな。

 私の場合、テーマを絞ってピンポイントな内容について書こうと思っている時は、文章は割とスラスラ書けるんですよ。だから、小品であるほど、或いはメモ書きのようなライトなものであるほど、文章を上げるまでのスピードは速いです。2000字くらいまでなら、下書き用のテキストファイルも作らず、えいやぁと直接ブログの投稿画面に書いてしまうこともしばしばあります。

 ところが、複数のテーマを持ちつつも、全体として大きな流れを持つような超・長文レビューを書こうとすると…何をどうしていいか、さっぱりわからなくなってしまうんですね。アレも書きたいしコレも書きたい、ソレは外すわけにはいかないし、ああでもそれを漫然とダラダラと書いては収拾がつかない、ドレとドレをつなげてどんな構成にすればいいんだ……。そしてまた、大きなものをまとめるためには、どうしても全体を第三者の目線で俯瞰する必要に迫られるのですが…自分の中にある思いが大きすぎて、客観視もロクにできないまま、キャパを軽々と越えてしまうのです。

 そういう視点で見ると、このシーンのヴァイオレットの辛さが身に染みるんですよ。少佐に会えるかもしれないというこの状況じゃあ、まずどうやったって客観視なんかできませんもん。その上、これまでも書き溜めてきたであろう手紙の数々にあるような、もう溢れんばかりに抱えている少佐への思いをたった一通の手紙に集約させようとすると…そりゃあ容易にバーストしますわ。

 強すぎるがゆえに、なかなか伝えられない思いって、あるんですよ。

 ヴァイオレットの思いは千々に乱れて、しかしその強さはいささかも減じることはなく…。そのことが、映像でも象徴的に示されていました。ヴァイオレットの乗った船の上から、どうしてもまとまらない書きかけの手紙は風に飛ばされてしまい、波間に~過去を示す方角・画面の左側へと消えていくのですが、船と並走するように飛ぶ海鳥は、船の進行方向~未来を示す画面右の方向へと、力強く船を追い越して飛んでいくのです。手紙は「なかなか形にならない過去からの思い」を、海鳥は「あまりに強く、自分すら追い越して先へ行こうとする思い」を、それぞれ表しているのだと私は思います。


~~~


 村の入り口に着いて。ホッジンズとヴァイオレットの押し問答からの一連の流れが、実に良質な心理描写になっています…。

ホッジンズ「ヴァイオレットちゃん。
  君は少しここで待っててくれるかな。」
ヴァイオレット「私も行きます!」

ホッジンズ「………………………。
  もし…本当にここにいるのが
  ギルベルトだとしても……
  あいつが今、どんな状態なのかは
  わからない。だから…」
ヴァイオレット「かまいません!」


 どうですかこの食い気味の突っ込みようは。少佐への思いが、もう先へ走って走って、止められないんですよ、彼女。その表情は全然幸せそうに見えなくて、むしろ不安でいっぱいな感じなのに。この、両方向に引き裂かれんばかりのヴァイオレットの心の内の描写が、一層彼女の心境に僕らをシンクロさせます…。

ホッジンズ「………………………。
  君はかまわなくても、あいつがどうかは……。

  ここでは本当の名は名乗ってないらしい…。
  小さな島だ……。
  あまり噂を立てられたくはないだろう…。」

ヴァイオレット「………………………。」

ホッジンズ「…………待っててくれるね?」

ヴァイオレット「………………………。
  ……………待ちます。
  少佐にお目にかかれるのでしたら、
  いつまででも待ちます。」

ホッジンズ「………………………。」


 ……ホッジンズは立派ですよね。決して声を荒げることなく、何処までも穏やかな優しい声でヴァイオレットを諭します。渋々承諾し、その場に残ることにするヴァイオレット。この後の、ホッジンズとヴァイオレットが互いに背を向ける一瞬のカットが、これまた実に味わい深い…。ホッジンズの「少佐と会いに向かう心」と、ヴァイオレットの「少佐と会わずに我慢する行動」とが、それぞれの象徴っぽく一枚で示されているんですもん。この絵面では二人の行動で見せていますが、一人の~ヴァイオレットの中に同時に存在するものとして見ても、全然不都合がないんですもん…。後々、バイオレットが直面することになる葛藤のことを思うと、もうざわついて仕方がないですよ、このカット…。

 扉を開ける前に肩越しに後ろを顧みて、ヴァイオレットの背中を心配そうに見やるホッジンズ。こういう細かい所作の描写が、実にグッと来ます。この部分のホッジンズの心境を安易に言語化してしまうと、大事な細部が全部漏れてしまいそうな、そういうざわざわする感じがこのカットにもありますね。

 ホッジンズが中に入っていった後の、「片側だけ開いていて、もう片側は閉じたままの扉」なども、絶品の心理描写です。閉じているけど、開いている。いや、開いているけど、閉じている。……二律背反であるはずの正反対の気持ちが、同時にヴァイオレットの中にあるという表現なんですよ。


 この後にホッジンズとヴァイオレットがそれぞれ出会う「片腕の無いカマキリの死骸」というモチーフも、これまた邪推ネタの塊としか思えません。作中で言及されている通り、このカマキリは「ギルベルト(ジルベール先生)」を連想させるものなのですが…二人の出会い方とその後が全然違います。先にこのカマキリと出会うホッジンズは、「男の子(の親)も神経がもたんな…」と嘆くクスッと来る姿は見せてくれますが、そのカマキリの姿からギルベルトに繋がる「何か」を見つけることができません。これは、彼が「ギルベルトの本心へと達することができない」という風に、象徴的に読むことができます。一方、カマキリの片腕が無いことにすぐ気付き、少佐との繋がりを引き出すことができたヴァイオレットは「少佐の本心に到達することができる」と読めるのです。ただし、その前提として…ホッジンズが「ギルベルトのところへ会いに行こう」としていて、ヴァイオレットは「少佐と会わずに我慢しようとしている」のが本当に残酷と言いますか…。「少佐に会おうとすればその本心に触れることは叶わず、少佐に会わずに我慢することでようやくその本心に触れられる」なんて、似たような二律背反の表現だとしてもこれはあまりに酷くないですか……!

 最終的に、カマキリの死骸は草むらに打ち捨てられているのが映るのですが…ギルベルトは「一人にしておいてほしい」と願い、ホッジンズやヴァイオレットが今も生きる世界からは「死んだものとして扱ってほしい」とも願っているわけで、そのことを一枚絵で示してくる憎いカットにもなっています。いや、いやいやいや…こういうの、一体どうやったら思いつくんですか?!鬼?!鬼なの?!

 なお、上記のような象徴的な意味合いとは全く別に、「ここに確かに少佐がいらっしゃる」ことがわかってからのヴァイオレットの笑顔は、これまた共感せざるを得ないと言いますか…何かもうキューっと来るよね!キューっと!

ヴァイオレット「(カマキリの)前足が……
  一本ありません…。」

子ども「うん。
  ジルベール先生とおんなじなんだ。」

ヴァイオレット「………………(体の向きを変えて)
  その先生は……右目も……。」

子ども「よく知ってるねー!」

ヴァイオレット「………………………
  その先生は、皆さんの先生なのですよね。」

子ども「そうだよ!」

ヴァイオレット「………先生は………
  ……………お元気ですか?」

子ども「うん!右手が無いけど、
  左手だけで鉄棒できるんだ!」
 「走るのも速いよね!」
 「うん!すごく速い!」
 「ね!」

ヴァイオレット「………………………。」


 それまで入り口側に背を向けていたヴァイオレット~少佐に会わずに我慢する方向の気持ちだったのが、「ジルベール先生」のことを聞くために入り口側を向く~少佐に会いたいという気持ちへ変わるところとか、たまんないですよ、ええ。つーか、あまりに嬉しそうなその笑顔!その笑顔は!やめて!それマヂで刺さるから!見てるだけで心が痛いから!ホントもう、なんつー眩しい笑顔で…。

 そんな風にヴァイオレットへの「良かったなぁ…うんうん、良かった、ホントに良かった…」って思う気持ちがねじ込まれてくるんですが…同時に、先に述べたような不穏極まりない雰囲気もがぶり寄ってくるわけですよ…天気もずっと曇りのままだしなぁ…。だからここは、観ている側も「引き裂かれんばかりの思い」にならざるを得ないんですよ…。


~~~


 本作におけるホッジンズの立ち位置は、ある意味「絶妙」の一言です。彼の行動は本作において、ヴァイオレットの心境・行動の変化に直接的な影響を及ぼすことがほぼありません。ギルベルトの行方を突き止めるきっかけに気付いたことと、先ほどの村の前で待つように説得したこと、その二つくらいじゃないでしょうか。

 しかし、直接的な影響を及ぼすことがないと言っても、関わっていないというわけではありません。むしろ、ヴァイオレットの幸せのために、あれやこれやと自分からも熱心に動いていると言ってよいでしょう。それが過保護だと、ベネディクトやカトレアから言われてしまうのが、少し可哀そうでもありますが…。自らは反応に加わらず、しかし反応を促す役割はこなす…化学反応における触媒みたいな存在ですね。

 それに実は、ヴァイオレットに対する触媒さながらのホッジンズにも、自分自身の「誰からも侵されざる固有の思い」というのがちゃんとあるんですよ。しかしその辺を注意深く切り取ったように、ほとんど作中で見せることなく、本作は紡がれています。その徹底ぶりが、私は「絶妙だなぁ」と思うのですね。

 加えて、更にその「絶妙さ」が爆上げされるような部分があって…ちょっとだけですが、「ホッジンズの固有の思い」をね、チラ見せしてくるところがあるんですよ。しかも、そのチラ見せしてくるホッジンズの思いが、いずれも超ド級に視聴者に刺さるんです。この後のホッジンズがギルベルトと再会するシーンなんか、もう眉にしわ寄せてないと見られないレベルです。

 村人から話を聞いてやってきた学校らしき建物の、この扉の向こうに、ギルベルトかも知れない人物がいる…そう思いながら、ホッジンズが扉をノックしようとするシーンは、これでもかとばかりに贅沢に時間が取られていて、しかもこのシーンに合わせてEvan Callさんが作った劇伴は、いやが上にも不安と期待が交錯せざるを得ないような極上の「静的な響き」が鳴っていて…ホッジンズの心が壊れちゃうんじゃないかと思ってしまうくらい、緊張感が高められるんですよ。

 そして。

 意を決したノックのあと。

 「誰だい?」という、あの懐かしい親友の声が、中から響いて。

 その瞬間、90度傾いた画面に表される、ホッジンズに訪れた「あまりの衝撃」が、ゆっくりと角度を戻していって…ああああ、ホッジンズ!その直後にアップになる「眼の演技」とか!ホントに親友ギルベルトのことを案じていたんだね!「本当に生きていた!」という彼の動揺と喜びが、観ているこちらにもダイレクトに刺さってきて泣きそうです!!

 良かったなぁ、ホッジンズ!!そう思いながら中に入ってく彼を目で追っていくと。

ギルベルト「何かわからないところがあったr……
  ………………………!!!!」

ホッジンズ「まさかとは思ったが……
  ……よく生きて………ギルベルト……。」

ギルベルト「…………………………
  ここでは、ジルベールと名乗っている……。」

ホッジンズ「…………………そうか。」


 ………………………あれ?

 親友同士の、感動的な再会シーン…のはず、だよな?少なくとも、ホッジンズの何処までも優しい声音(ついつい変態的なキャラの演技が話題になってしまう子安さんですが、ここの演技とかもう極上すぎて…「キレイな子安さん」マヂ尊い…)からは、ここはそういう「良い場面」にしか思えないのに…ギルベルトのあの「会ってはいけない人と会ってしまった」というような目の見張り方、この「つっけんどんと言って差し支えないような受け答え」は……。

 二人の間の温度差、すごくない?

 てゆーか、このギルベルト、再会を拒絶してない?なんで?

 相変わらずの曇天の下、外の空気自体も割と暗めで「不安に彩られた世界」を表し続けているのですが、ギルベルトがいるこの室内は…それとは比較にならないくらい暗さが充満していて、彼の抱える闇めいた何かを匂わせます…。

 ホッジンズに聞かれるまま、ギルベルトはこれまでのことを語って聞かせるのですが…あまりと言えばあまりなくらいに、頑なな姿勢を崩しません。親友がこんなにも生きていてくれたことを喜んでいるのに、ギルベルトの方はただ淡々と経緯を語るのみです。ホッジンズが偉いなぁと思うのは、「流石にこれは無いわぁ」という態度でいるギルベルトに、そのことに対しては何の異議も唱えていないところですね。ホッジンズ、ホントにいい人なんだなぁ…。

 さりとてギルベルトの気持ちも、全くわからないというわけではありません。きっと彼は、「犯した罪の重さに見合わず、何の間違いか生き残ってしまった人間」という風に、自分のことを評価しているんです。回想シーンにおけるギルベルトの瞳がずっと光を失ったままに見えるのは、彼が自身のことを「死んでいたはずの人間」と捉えているのであればよくわかる気がするのです。

ホッジンズ「ヴァイオレットちゃんが
  生きてることは知ってたのか?」

ギルベルト「…………………ああ………。」

ホッジンズ「……ッ!
  だったら何故!
  会いに来てやらなかったんだ!

  ヴァイオレットちゃんは……
  あの子はずっと、お前を……待って」

ギルベルト「私があの子を不幸にしたんだっ!!


 ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ………………。

 ヴァイオレットのことになると、それまでの穏やかな語り口が一変して怒鳴ってしまうホッジンズにもしびれましたが…このギルベルトの激しい拒絶は……どうして、どうしてそんなに自分を責めるんだよ、ギルベルト…。

ギルベルト「…………私が………
  そばにいない方がいいんだ………。」

ホッジンズ「…………来てるんだ…………彼女も。」

ギルベルト「…………………………………………。」

ホッジンズ「今、外で待たせてる…………………。
  ……どれだけお前に会いたがっていたか……。」

ギルベルト「……………会えない。」

ホッジンズ「ギルベルト…………。」

ギルベルト「会えない………!!
  …………もう二度と………。」


 ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 もうね…ここのお二人の演技は極上すぎて…言葉を失いますよ…どうやったらここまでの「心境の表現」ができるんだ……それが演技であることすら忘れてしまうレベルの……。

 ホッジンズに対するギルベルトの反応が、先ほどは「無いわー」と思っていましたが…この、親友だからこそ吐露できる本音のぶつけ方はどうですか!!間の取り方も含めて、最ッ高の悶絶シーンに仕上がってるじゃないですか!!二度目の「会えない!」と「もう二度と…」の落差も、もう何処までも辛ぇ……そんなに絞り出すような声で言われたら、そりゃあ何も言えないですよ…。ギルベルトの中に、ものすごい大きな葛藤があるのが、わかっちゃうんだもの…。

ホッジンズ「……………お前…………。」

ギルベルト「死んだんだ…………………。

  ギルベルト・ブーゲンビリアは死んだんだ………。
  皆、そう思っていて………
  そして年月とともに、
  その死を受け入れたはずだ………。
  だから………違う人生を生きさせてくれ。」


 病院で意識が戻った後、手伝いでスコップを持って他の遺体を処理していたあの回想シーンは…もしかしてあれは、「ギルベルト自身を葬送する儀式」だったのでしょうか。自身の「葬送」をこなして、そしてそれでもなお自身を苛んでやまない「後悔」が身の内にあって…でも捨てることなどできない思いが、未だギルベルトの中にあるのは間違いないんですよ?!その気持ちを…恐らくはヴァイオレットと同じ気持ちを、あくまでも「無いもの」として、違う人間の人生を生きていく、いや、「生きさせてほしい」だなんて…。

ギルベルト「ホッジンズ……頼む、帰ってくれ……。」

ホッジンズ「………………………………。

  ……………また………改める………。」


 ホッジンズの苦悩の表情も……苦渋の決断、という風に片足を引く「足元の演技」も……もう、何もかもが辛くて辛くて、仕方がありません…。

 ホッジンズが向かう外は、今にも雨が降りそうな澱んだ空気。一方でそれよりも一層暗い、闇さながらの室内に、一人立ち尽くすギルベルト……。しかしその闇を払い、静寂を破るのは…あろうことか「戦火の記憶」なのです。

 「罪」、なのでしょう。

 記憶に残るかつての日々も、こうして命永らえている今の日々も。ギルベルトにとっては、全てが「罪」に置き換えられているかのようです。恐らく、ヴァイオレットとああして出会ってしまったことも、ヴァイオレットの傍にいて彼女に色々教えてあげたことも、ヴァイオレットに慕われる存在になりながら結局は戦争の道具としてしか使ってあげられなかったことも…全て、自分の「罪」であると、そう考えているのではないでしょうか。

(爆音と銃声)

ギルベルト「君は……私を憎んでいるか?」

ヴァイオレット「質問の意味が分かりません。
  何か、失敗をしたでしょうか…。
  ……悪いところがあれば直します!
  何なりと仰ってください!」

ギルベルト「……………違う。
  悪いのは…………………
  君は道具ではないと言いながら…
  私は……君を……使って………」

ヴァイオレット「使うのは当然です!
  私は少佐の、武器です!

ギルベルト「………!!」


 うううう…辛い、辛いよギルベルト…。でも、そんな風に一人で抱えてしまわなくてもいいんじゃないのかい…。自分が命令したことでヴァイオレットが腕を失った回想とか、そんなに繰り返さなくたって…。もし仮にそれがあなたの「罪」だったとしても、罪の贖い方は一つじゃないし、罪を贖おうとする人にだって「支えてくれる存在」が必要だったりもするんだよ?

 親友であるホッジンズの言葉は、少なくともギルベルトの心の深いところまで届くことはありませんでした…では、その他の……もっと近しい者、なら……?


~~~


 一体どうやって伝えればいいのだ…そう思い悩みながら戻ってくるホッジンズに、ヴァイオレットが気付きます。

ヴァイオレット「…………社長!!」

ホッジンズ「………………。」

ヴァイオレット「少佐でした!やはり少佐でした!
  子どもたちから話を聞いて…。」


 いやいやいや!この、ヴァイオレットの歩き方よ!飛び跳ねてるじゃないですか、完全に。あのヴァイオレットが…これは尋常じゃないですよ、ええ。表情は相変わらず、不安が影を落としたような色が抜けきりませんが、思い人が生きていたことがほぼ確定した喜びが、抑えきれずに体の動きに出てしまっているのですよね。ああ…可愛いなぁ、ヴァイオレット。

 しかし、浮かぬ顔で、何も言えないでいるホッジンズは………。

ヴァイオレット「………少佐にはお会いになられたのですよね?」

ホッジンズ「…………………………ああ。」

ヴァイオレット「腕と目を負傷された以外は、
  ご無事だったのですよね?」

ホッジンズ「…………………………うん。」

ヴァイオレット「では…!
  お目にかかれるのですよね?!」

ホッジンズ「…………それが……………

  君には会えない…………と…………。」


 「お目にかかれるのですよね?!」のセリフで、ヴァイオレットの真正面のアップを描いてくる演出に、身悶えで死にそうになります…。そんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけてこられては…ああ、ヴァイオレット…しかし、そんな彼女への返答は、芳しくないものでした。

 食い下がるヴァイオレット。それに対して、決してウソは言わないながらも、ヴァイオレットを傷つけないように伝える術を探し続けるホッジンズ…ああ…誰も間違ったことしていないのに、何でこうも辛いやり取りを見なければいかんのですか?みんなが幸せになったっていいでしょう!

ヴァイオレット「では、明日……。」

ホッジンズ「………………そうだな…………。
  明日、またオレがあいつに会って、話してみる。
  あいつは、絶対に君に会わなくちゃならない。」

ヴァイオレット「それは……推察すると……
  少佐は会えないのではなく……
  会いたくない………と…………
  仰っているのでしょうか……?」


 
 ここのヴァイオレットの足元が…片足を一歩引いてかかとに重心が移る描写が、本当にたまりません…前のめりになっている「少佐に会いたい気持ち」から、どうしても一歩引かざるを得なくなる、その瞬間の気持ちの描写なんですよね。

 ここまでのヴァイオレットは、胸の内に少佐と会うことへの不安を含むぐちゃぐちゃの感情を持ってはいたものの、それが「少佐に会いたい」という気持ちにブレーキをかけることはありませんでした。先ほど、「ここで待っていてほしい」とホッジンズに言われた時でさえ、優しく理を諭されて辛うじて一時的に思いを抑えただけです。それが、「少佐に会うことはできない」というブレーキを、外ならぬ少佐から(間接的に)提示されて、「この先に進んではいけないのか?」という真の葛藤が始まるのがこのシーンなのです。

 その、動揺たるや………ああああああああ、そんな!!なんて残酷な!!

ヴァイオレット「………どうしてですか。」

ホッジンズ「………上手く言えないけど……
  その方が、お互いいい、と………。」

ヴァイオレット「……よくありません……。
  わたしは……………

  わたしは……………!!

ホッジンズ「……ヴァイオレットちゃん……。」

  (駆け出すヴァイオレット)

ホッジンズ「ヴァイオレットちゃん!!」


 やめてええええええ!!(悶絶)…そのヴァイオレットの「今にも泣きだしそうな顔のアップ」も!!ぐるっと回り込むような映像で転がっていく彼女の心を映しとる演出も!!もう何もかもが辛すぎて、こっちまでおかしくなりそうですよ……!!

 ホッジンズの静止しようとする声を振り切り、駆け出してしまう「少佐への思い」…そりゃあそうですよ、もう生きて会うことは叶わないかもしれないと思っていた自分の思い人が、長年の憂悶の末にようやく生きていることがわかって、しかも今、すぐそこにいるというのに…ここまで来て「会えない」だなんて…。恋に身を焦がした経験のある方は、「少しの間会えないだけでも息が詰まりそう」なあの感覚、アレのもっと凄いヤツを想像してみていただきたい!!死にそうになりますよ!!てゆーか、今ヴァイオレットのことを観ているだけで、このオレが死にそうですよ!!


~~~


ホッジンズ「見つけたよ…………。」


 自分では少佐を見つけられず、ホッジンズの助けで少佐のいる建物へ赴くヴァイオレット。これはやはり、「少佐のところへ向かおう」という強い気持ちを持っていると、その場所に真の意味では到達できない、ってことなのでしょうか……。

 ヴァイオレットの心境そのままに、不安の色で一面染まっていた空は、悲しみの奔流へと変わって溢れるが如く、大粒の雨となって降り出してしまいます……。京アニさんの雨の描写は、いつもいつも信じられないくらい精細の極みを見せてくれるのですが…本作のこの表現も、音響効果と相まって更に凄いことになっています。もし可能なら、良い機材でのDolby Cinema版でこのシーンの凄みを味わっていただきたい!DC版、私は1回劇場で見ただけですが、没入感なんてレベルじゃないですよ!いやホントに!

 激しく雨が降る中、扉越しで少佐に呼びかけるヴァイオレットの姿が、もう切なすぎて見ていられないです…。

(ノックの後…)

ヴァイオレット「……少佐………。」


  (…………………………)


ヴァイオレット「……少佐………!」


  (…………………………)


ヴァイオレット「少佐……!

  少佐…………!!

  少佐……………!!!


 しょうさあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!(滝漏れながら)

 返事してやれよ!何か言ってやってくれよ!せめて何か、動いてやってくれよおおおおおお!!!

 ギルベルトさあ!!君、今でもヴァイオレットへの強い思いがあるんだろ?ヴァイオレットだってそうなんだよ!!お互いに思い合ってるはずなんだよ、そこに何の違いもありゃしねぇんだよ!!「違うのだ!」とか言ってる場合じゃねぇんだよ!!(注:そんなこと言ってません)

 ヴァイオレットの肩に優しく手を置くホッジンズがまた、切なさを倍加させますが…更にヴァイオレットの、涙をこらえながら耐えている表情の描写が、克明に彼女の悲しみを見ている者に突き付けてきて、こちらはもう号泣寸前でございます…。

ヴァイオレット「……申し訳ございません……。
  ご自宅まで……………。

  …………少佐…………生きていらしたのなら、
  どうして連絡をくださらなかったのですか……。
  どうして会ってくださらなかったのですか……。

  私は……少佐に会いたいです……。
  最後にした話の続きがしたいです……。

  ………………………………
  愛してるも…………………
  少しは分かるようになったのです……。」


ギルベルト「……………………………………


  ………………………………帰ってくれ。


  …………帰ってくれ!!


 ようやく口を開いたと思ったらそれか!!……というごく当たり前の感想は、後々クールダウンして冷静にならなければ、とてもじゃないけど出てきませんでした。もうね、観ている最中はそんな余裕なんて無くて……だって、ここのヴァイオレットが切々と告げる少佐への素直な気持ちが、石川由依さんのとんでもない表現力に乗って紡がれる真に迫った告白が、もう何処までも私の心を苛むんですよ…。

 なのに、ギルベルトはやっと口を開いても頑なで…拒絶の言葉だけを、あえて強い口調で返すのみで…そもそも扉越しであることに加え、ヴァイオレットに背を向けたままであることが更に辛いです…。それを受け止めるヴァイオレットの描写が「後ろ姿」であることも、かえって雄弁にヴァイオレットの辛さを感じさせます…。

ヴァイオレット「………………待ちます。
  少佐にお目にかかれるまで…………
  ここで、待ちます…………。」

ギルベルト「今の君に……私は必要ない……。」

ヴァイオレット「………………。」

ギルベルト「それに……君がいると、
  私は思い出してしまう……。
  幼かった君を戦場に駆り立てたこと…。

  君が………

  私の命令を聞いて……

  …………………………

  両腕を失って………!!

ヴァイオレット「…………~~~~!!」


 ああもうギルベルトもヴァイオレットもどっちも辛くて見てらんねぇ!!

 どうなんですかこれ!!浪川さんと石川さんの極上演技があるからこそってのはもちろんだけど!!「どうしても抑えきれず、込み上げるように泣いてしまう」って様子を、アニメというメディアでここまで表現できちゃうもんなんですか!!音声でも!!映像でも!!こんなクオリティで押し寄せてこられたら!!そりゃ堪ったもんじゃないですよ!!

 しかし、ここに来てようやく「今の少佐の一端」に、ヴァイオレットは触れることができたわけですが…それが「これ」というのは…事情が分かって、かえって辛くなる内容じゃないですか…。

ヴァイオレット「少佐は………後悔していらっしゃるのですね。

 私の存在が………………

 私が………少佐を………

 苦しめているのですね。


 ………………………今の私は……

 少佐の気持ちが理解できるのです。

 全てではないかも知れませんが……

 少しは……分かるのです…………。」


 そのことを絞り出すように告げて数瞬後……一歩引くヴァイオレットの足……!!そして向きを変えて駆け出してしまうヴァイオレット……!!呼び止めようとするホッジンズ、そしてヴァイオレットの感情の振幅そのままに鳴り響く音楽!!

 ああもう、大号泣ですよ!!(豪雨漏れ)

 う、とか、ううっ、とか、ひ…とか!もうとにかく!!変な声が口から勝手にまろび出て、抑えることができねーんですよ!!少佐の苦しみを理解できるからこそ、そのままそこには居られなくて!!でも、少佐に会いたいという自分の気持ちもどうすることもできなくて!!ただ雨の中を走りだすことしかできなかったヴァイオレットのことを考えたら、もう泣くことしかできないじゃないですか!!!

 なのになのに、もうこっちは既にボロボロなのに!!ヴァイオレットを追いかけようとした足をいったん止めて、少佐の家の方へ大きく振り返ったホッジンズが、今までに見たことが無いようなすごい形相で、

ホッジンズ「おおばかやろおおおおおおおお!!!!


 だばあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!

 涙腺から音がしましたよ!もう一段絞り出せとばかりに、「きゅっ」て音が!!大丈夫なのかオレの涙腺!!しかしそれでもこれは泣かざるを得ない!!だって、だって、私史上最ッ高の子安さんの演技を乗せて、しかもこんなに極上の所作を見せられてしまっては!!そこに込められたホッジンズの「あまりの遣る瀬無さ」に触れてしまっては!!

 もう!!

 泣くこと以外能わず!!

 そうでしょう?!

 じゃあ泣こう!!もう!!しょうがない!!

 ホッジンズうううう!!ヴァイオレットおおおお!!うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!



 土砂降りの中を、一心に駆けていくヴァイオレット……このシーンも、Dolby Cinema版の凄まじい表現力に圧倒される作りになっていて…。ロングに引いた時に、ヴァイオレットが走っている手前の風景の昏(くら)さと、遠方の曇天がぼんやりと薄明るくなっている様子とが、ものすごい明瞭なコントラストで対比されてるんです…。世界には完全に「白」とまではいかないけれど、決して悪くないようなこともたくさんあるのに、今のヴァイオレットを取り巻くものはとてもとても暗い状況にあって、そのことが一層、遣る瀬無く感じられてならない…そんなことをね、思わずにいられないような壮絶な画作りなんですよ…。私もこれ、あの時の鑑賞の一回きりではあまりにも惜しくて、是が非でもまた体験したいと思っているんですが…ちゃんと揃えようとするとどの機材も高いからなぁ…。

 ヴァイオレットが走っていく方向は、画面の右側。これまでに考察してきた内容に沿うなら、それは「未来」を表す方向です。どうしようもなくて走り出してしまったヴァイオレットですが、その中には「少佐に会いたい」という、望む未来へ進んでいきたいという願望が今も変わらずにあるのでしょう。しかし、ヴァイオレットはその途中で倒れてしまい…立ち上がろうとするも叶わず…雨に濡れそぼって座り込んだそのままで、泣き出してしまうのです……。

ヴァイオレット「………………ふ……

  …………う………ううう…………う…………。」


 う………うううううう……………ううううう……う………うう……………………………。(←一緒に泣くことしかできない)



 ああ、ヴァイオレット…君の思いは…本当にもう、何処にも行けないのかい?



 

【死へと向かう少年の願い~3つの思い】

 さようなら。

 残念だけど、お別れの時だ。

 言いたいことはたくさんあるけど、

 ひどいことをしてしまったこと、

 ずっとキミに謝りたかった。

 「      。」



 さようなら。

 残念だけど、お別れの時だ。

 言いたいことはたくさんあるけど、

 これまでいっぱい幸せをくれたこと、

 どうかお礼を言わせてほしい。

 「     。」



 さようなら。

 残念だけど、お別れの時だ。

 言いたいことはたくさんあるけど、

 僕のこの本当の気持ちだけは、

 最後にあなたに伝えておきたい。

 「     。」



 さようなら。

 みんなの幸せを祈ってる。

 さようなら…さようなら…。


~~~


ホッジンズ「ヴァイオレットちゃん、この灯台、
  郵便局も兼ねてるそうなんだ。」


ヴァイオレット「          。」


 大雨から逃れて身を寄せた、島唯一の灯台の中。放心したような表情で虚空を見るヴァイオレットが、本当に痛々しい…。

 ヴァイオレットは、少佐との記憶を手繰ります…。

ギルベルト「そうか…
  また、この花が咲く季節になったんだな…。」


 すみれの花を見つめる、優しい目の少佐の記憶。あの頃、その優しさは同じ名を持つ自分にも注がれていて…文字の読み書きを教わったり、行軍の時に手を引いてもらったり…。……手を、引く?

ギルベルト「私のそばを離れるな。
  ずっとそばに居るんだ。」

ヴァイオレット「………はい。」


 ……あれは…自分が子どもだったから、庇護される者だったから、言われたことなのだろうか。子どもだから、手を引かれたのだろうか。少佐は、私のことを、保護すべき対象としてしか見ていなかったのだろうか。「ずっとそばに居ろ」というのは、そういう意味では無かったのか…。

 ……そんなことを考えていそうなヴァイオレット。「今は自分の存在が少佐を苦しめている」と分かってしまったヴァイオレットには、少佐との思い出さえ、辛い記憶なのでしょう。

 しかし、いつまで続くかと思われた苦しい逡巡の時は、別の良くない報せで打ち破られます。

灯台守の女性「郵便社に病院から連絡が来たそうだ。
  ユリスって男の子が危篤だって。」

ホッジンズ「…………ユリス?
  …………いったい………。」

ヴァイオレット「私の………
  お客様です………。」


 ヴァイオレットの手元が映り、ぎゅっと握られているのが何とも辛いです…見ているこちらの心もぎゅっと掴まれてしまうほどに。

 ヴァイオレットというドールは、ぱっと見の表情少なげな印象とは全く違って、「依頼者の心に寄り添うことを通じて、その人の本当に書きたいことを掬い上げる」ようなタイプのドールです。ひょっとしたら最初は「命令に忠実な性分」がそうさせたのかも知れませんが、今や色々な人の機微に触れ、経験を積み、理解できることを増やしていって…ごくごく自然に、依頼者の心に寄り添うことができるようになっています。ユリスの依頼だって、彼の心境にぴったりと寄り添って書き上げていったに違いないのです。そのユリスが…最後の依頼をこなしていないのに、危篤に陥っている、だなんて…。

 濡れたヴァイオレットの髪からでしょうか、彼女の足元の床に、ポタっと落ちる大きな水滴。まるで、大粒の涙のようです…。

ヴァイオレット「………………………
  …………戻ります。」

ホッジンズ「………………え?」

ヴァイオレット「ライデンへ戻ります。」


 足元だけを映した画面の、精細に描かれたヴァイオレットの足の動きが、一層何かを訴えかけてきますね。前の章でも見てきた通り、京アニさんの「足元の演技」はどれもこれも特級レベルなのですが、今回のもとてもスゴくてエグい…先ほどまでの正体のない感じだったヴァイオレットが、こんなにも毅然とした足取りで帰還しようとしていることが、ぐいぐい伝わってくるんですよ!

 今にも出ていこうとする彼女を、「ヴァイオレットちゃん!」と叫んで押しとどめるホッジンズ。こんな嵐の中で、孤島から帰る手段なんてありはしないんですから、当然と言えば当然なのですが…。それに、ヴァイオレットにはここでやるべき、大事な目的が残っているはず…。

ホッジンズ「ギルベルトに、会うんだろ?」



ヴァイオレット「………………………
  …………会いたいです……。



  ………会いたいです!!


 ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!

 ああああああああ、ぐでぶらでっでい゛ばでぶば、ぶがぐらだびでぶばう゛ばがだばあ゛あ゛あ゛!!(←言葉にならん叫び)

ヴァイオレット「………ですが………………
  指切りをしたのです!
  ……ユリス様と、約束したのです……。」


 ああああもおおおヴァイオレットちゃんホントいい子!!こんなに顔を涙でグチャグチャに濡らして…少佐とのことの葛藤でも苦しんでいるんだろうけど、でもその涙、先の「少佐と会えなくて流した涙」とは違うんだもの!!今は、ユリスのことで流している涙の方が多いんだもの!!何とかしてあげたい!!何もできないけど、でも何かしてあげなくちゃ!!って……見ている我々までが、同じようなベクトルの涙でぐっちゃぐちゃですよ!!

 しかし、仮に今、この嵐の島から出ることが叶ったとしても、ライデンまで3日はかかるというこの現実…。もう本当に「何もできない」のか…考えに考えたヴァイオレットが、ギリギリで思いついたのは……!



 夜道を爆走する自動車!!



 その中には、事情を全て聞いていて、ユリスのために病院へ向かうアイリスとベネディクト!!



 泣くわ!!!!



 ……いや、あの、すいません、こんなところで何なんですが、ホントーにお礼を言わせてください…ストーリーでも描写でも散々泣かされているんですけれど、ここのテンポ感の凄まじさと来たら…もうここに来るまでの描かれ方で、こっちは共感度MAXどころか完全にメーター振り切ってるのにですよ?更にこんなのぶっこまれたら、こっちだって更にアクセル踏んじゃうじゃないですか…涙はこれでもかとばかりに吹き出るんですが、嗚咽さえ出ませんですよ、もう…。映像も、音楽も、きっちりと最高の仕事をしてくださって…流れ落ちた涙に代わって言わせてください…「本当にありがとうございます」。

 最速のスピードで駆け付けて息が切れてるはずのアイリスが、あくまで平時の穏やかさで、ユリスに語り掛けるところも極上で…。

ユリス母「………ユリス。
  ドールの方が、来てくださったわよ。」

アイリス「書いてない手紙があるんでしょ?」

ユリス「………ヴァイオ……レット?」

アイリス「代わりに来たアイリスよ。
  ヴァイオレットは今、遠くにいるの。
  大切な人と、やっと会えて…。」

ユリス「……愛してる……を……
  教えてくれた人……?」

アイリス「……うん……そうよ。」

ユリス「…………生きてたんだ……。

  …………良かった……。」


 ……すいませんキーボードが打でま゛せ゛ん゛っ!!(滝涙)この子…この子ったら…もう自分の命の火が消えそうなのに、人のことを思いやってこんな風に笑えるなんて…なんていい子なのっ!今の私は絵コンテ見返して反芻してるだけなのに、もうボッロボロですよ…。

 しかしユリスには「書いてほしい内容」を伝えるだけの力も、もう残されてはいないのです。これでは、リュカへの手紙は書けない…刻々と過ぎていく時間、次第に確実に近づいてくる「最期の時」…ああ、これでは間に合わない!!

 ギリギリの状況の中でアイリスとベネディクトが出した結論は、何と「力技」です!リュカとユリスに直接話をしてもらおうと…しかし、リュカを迎えに行って戻ってくるまでの時間はないかもしれません。ならばリュカを電話のあるところまで連れて行って、電話でお話ししてもらおう!……この一連の過程は、映像では特に触れられずにすっ飛ばされているのですが、きっと当たらずとも遠からずです。いや、それでいいんだ!ちゃんと事情は分かるし、何よりもこうやって切り詰めたことによって生じる「切迫感」と「臨場感」の高まりが、更にとんでもないことになってるんだもの!!

 咄嗟の判断で仕切ったにしては見事すぎる連携プレーで、リュカを最寄りのお屋敷の電話の前に、ユリスへは病院に引かれている電話線を延長して、段取りを整えたアイリスとベネディクト。ああ、何とか間に合った…視聴者が安堵に胸を撫で下ろす中、もうずっと会えていなかった二人の間に、ようやく声が通います…。

リュカ「こっ、これ、どうすればいいの?!」

ユリス「もしもし、だよ…。」

リュカ「ユリス!」

ユリス「……うん。」

リュカ「もしもし……。」


 んー…あー…いやいや。わかる。わかるよ、うん、わかる。どちらの声も「この状況に置かれた二人の少年は、まさしくこういう感じで話すだろう」という、ストライクど真ん中の見事な演技でございます。とてもよくわかります。わかりますが…………もうちょっと、その…………………………もうちょっと加減して頂かないと、こちらが耐えられなくなりそうなんですがッ!!!(滝涙)

ユリス「リュカ……。」

リュカ「うん!」

ユリス「……………………。

  ………僕…………

  お見舞いに来ないでって……
  会いたくないって言って……

  ………………ゴメン…………

  …………ゴメンなさい………(涙)。」


 待って待ってマヂで待ってくれっ!!ご覧よ、この私の顔を伝う謎の液体の奔流をっ!!この日エカルテ島を襲った嵐もかくやというくらいの大激流じゃないかっ!!しぶきがっ!!あーとめどなく水しぶきがっ!!

リュカ「……何であやまるんだよ。

  会いたくないって言われて、
  悲しかったけど、きっとユリスは
  その方がいいんだって思ったから、
  ガマンした………。

  けど、どうしてもガマンできなくて……。
  何度か病院に行ったんだ。

  そしたら、窓からユリスの顔、
  ちょっと見えた!」


 あーちょっ、リュカくん!キミね、ホントいい子だっ!素晴らしいよ!素晴らしいんだけどね、ちょっとね、その眩しい攻撃はね、おじさんには刺さりすぎるんだッ!!だからね、ちょっとだけね、いやあの、そうじゃなくて、ちょ

ユリス「ゴメン……ひどい…こと、言って…。」

リュカ「ううん…。
  ボク、全然怒ってなんかないよ。
  ボクたち、ずっと友だちだったろ!

  これからも、ずーっと友だちでいようね!」

ユリス「………………うん。
  よかった………ありがとう……。」


 ア゙ーーーーーー!!(←光に包まれて消滅)



 ああああ…すっかり浄化されまくりました…「清めの水」が目から溢れて止まらんですよ、もう…。

 「本当に伝えなければいけない思い」が辛うじて伝わったことへの安堵・感謝と、その思いを互いに伝えながら揺らぐことの無い友情の眩しさを見せてくれた少年たちへの感動と、しかしこのすぐ後に永遠のお別れが待っていることへの悲しみと…それぞれ単体でもメーター振り切り級の感情が、まとめて束になって刺さってくるんですもん…こんなの、耐えられるわけがないじゃないですか……。



 しかし程なく、無情にもやってくる「その時」…事切れたユリスの亡骸に、母親がすがって泣く様が私たちの涙に追い打ちをかけます…お母さん、あなた頑張ったよ…ユリスの最後の願いを果たしてあげようと、悲しみをこらえて精いっぱい頑張ったもんな…。自分が親の立場にあると、ここはお母さんとお父さんにも感情移入せざるを得ないんですよ……。

 その母の手元に、例のユリスからの手紙が……えっ?

お母さん…が焼くパンケーキ、美味しかった…。


 えっ?えっ…あっ、今?今、ここで読むの?えっマヂで?お家帰ってからじゃなくて?いやあの私、さっきのダメージが全く抜けてないんですけど、本気で言ってんのそれ?イヤーちょ、やめt

野菜も、もうちょっと食べたら、
お母さん、喜んだかな。

お父さん。
魚釣りもキャンプも、楽しかったよ。

僕、お父さんとお母さんの
子どもに生まれてきて良かった…。

大好きだよ。


 ア゙ーーーーーー!!(←再消滅)

 だから!!あたしゃここはお母さんとお父さんにも感情移入せざるを得ないんですって!!愛する息子からの、まさかの手紙が渡されて!!しかも中身がこんなにも両親への思いに満ちていて!!その息子からの思いに涙に暮れる両親の姿が、まためちゃめちゃ共感させられる描写まで昇華されていて!!

アイリス「弟さんにも、お手紙が…。」

シオン「……ボク?」


 え、あ、ちょ、イヤアアアアア!!(←もう状況を説明する余裕もない)

シオン。
怒ったり、いじめたりしてごめんね。

でも、お前が生まれてきた時、
すっごく嬉しかった。

僕を、お兄ちゃんにしてくれて、
ありがとう。

僕の分も、たくさん生きて、
それから…僕の分も、
お父さん、お母さんを大切にして、
仲良くして、いっぱい甘えて。

僕の大切な弟へ。
お兄ちゃんより。


 ーーーーー!!(←声も出ない)

シオン(ユリスの亡骸にすがって)
 「おにいちゃん!ありがとう!
  ボク、うれしい!」


 シオンくん!!ああああシオンくん!!キミ、そんな曇りなきまなこで!!キミ、「お兄ちゃんが死んだ」ってこと、ちゃんとわかってないでしょ!!そのあまりの「無垢」が!!しかしそれゆえの、あまりの「純真」が!!僕らオトナたちには、とても刺さるんだよおおおおおおおおおおおお!!!!

シオン「パパとママも、うれしいでしょ?」


 ア゙ーーーーーー!!(←完全消滅)


 ……シオンくん……お兄ちゃんの願い通り、どうか素直なままスクスク育っておくれよ……そして、お母さんとお父さんを、いっぱい幸せにしてあげるんだ……。


 横たわっているユリスの顔は、何処か満足気に、微笑んでいるようにさえ見えます。遺された者の勝手な思いなのでしょうけれど、「彼は伝えるべきことを、大切な人たちにちゃんと伝えることができて、満足して逝ったのだ」と思いたいです…。ユリスよ、どうか安らかに……。


~~~


 ………さて。少々、気を取り直しまして。


 ここは本当にもう涙しかないようなシーンの連続で、初見時はもちろん、何度見ても感情の振り幅MAXまで持っていかれる有り様なのですが。

 それでも、滂沱の涙に遠のく理性(苦笑)の片隅で、毎回同じところで私の中の違和感アラームが鳴るんですよ。その場所は、ユリスが亡くなった後、アイリスから手渡された手紙を母が読み上げるシーンです。

 両親への手紙は、父向け・母向けの2通に分かれているはずです。ヴァイオレットが完成した手紙を預かる際の描写でも、シオン向けのものを含めた3通が確かにありました。なのに、読まれる時は一気に、あたかも父向けと母向けが「1つの手紙」であるかのような演出で読み上げられています。

 何故?尺を短縮するために端折ったの?……いやいや、そんなことはしないでしょう。相手は「どうしてそこまでやり通すことができるのか」というレベルのものを、これまでに何度も見せてきた、あの京アニさんですよ?それほど大きな省力効果が見込めるわけでなく、そのことで特に意味も熱量も付加されないようなことを、こんなに盛り上がるところでやってくるようには思えません。

 両親向けをまるで1つの手紙のように読んでみせたことには、何らかの意味があるのではないでしょうか。

 私はこれを、「3という数にこだわったためではないか?」と思っています。

 リュカには手紙を書けなかったので、ユリスが書いた手紙の数は「3」のままです。しかし、伝えたかった思いの数は、もし父と母にそれぞれ固有のものを用意すると、リュカ、父、母、シオンの「4つ」に増えてしまうのです。父と母を別なものとして分けなければ、リュカ、両親、シオンの「3つ」になります。

 何故そうまでして「3」にこだわるのか…それは、ユリスがどうしても伝えたかった思いが「3つ」あるからじゃないでしょうか。そしてそれは、恐らく本作自体のテーマにもなる、とても大事な「3つ」のはずです。

 私が心底「心憎い!」と思うのは、その3つを直接的な表現にせず、オブラートにくるんだり微妙に異なる似たものをまぶしたり入れ替えたり重ねたりして、ある程度の目くらましを図っているように思えるところです。何でそんなことをしているのかって?そりゃあ、その「簡単に言葉にはできないくらいの深くて大切な思いを、あくまで直接的な言葉ではない形で表現したかった」からじゃないのかな…。例えば、TVシリーズ第11話において「戦争は人が死ぬから良くないよ」ということをですね、そんなぶっちゃけた言葉で語っても、何も刺さらないし何も伝わらないじゃないですか。あのエピソードにおいては、エイダンの壮絶な最期と残した言葉の切なさと、そしてそれを受け取った両親とマリアの悲しみと感謝を並外れた描写で表すことで、ラストの「もう、誰も死なせたくない」が真に迫ったものとして伝わってくるんです。このシーンに、いや、本作に込められたものだって、あっけらかんと伝えてよいものではないのだと思うんですよ。更に言えば…明確な根拠があるわけではないのですが、私には「どうかここから読み取ってほしい!」という制作陣の切なる願いすらあるように思えてならないんです。

 私如きが拙い文章で読み解いて直接的な言葉に還元するのは、ひょっとしたら制作陣の皆さんの願いに反するのかもしれません。しれませんが…公開から十分すぎるほどに時間も経ちましたし、私はもうこういうスタイルでしか向き合えないので…失礼して、以下に私なりの読解を述べさせていただきます。



 まず、1つ目の思い。本作中にわかりやすい形で最初に出てくるヒントは、船上での大佐のセリフですね。

また会えたら…謝りたいことも……。
それから話したいことも……。


 大佐のこれは、「伝えたかったけど、もう伝えられない思い」であり、「でも許されるなら今からでも伝えたい思い」でもあります。それは、「謝罪したい」という思いです。

 ユリスの言葉・手紙にも、この「謝罪」の思いがあちこりに存在しています。リュカに対しては直球で、「お見舞いに来ないでって……会いたくないって言って……ゴメン」という風に謝っていますね。これは大変わかりやすいです。では、両親に対してはどうでしょう。母親に対する手紙の中に、「野菜ももっと食べたら、お母さん、喜んだかな。」という言葉がありました。これ、言葉通りだと謝罪の意味にはならないのですが、「全部をお母さんの思う通りにはできなくてごめんね。」という気持ちが透けて見えるんですよ。謝罪の気持ちに裏打ちされている言葉と考えていいように思いますね。そしてシオンにも、「怒ったり、いじめたりしてごめんね」という言葉が手紙の冒頭に出てきます。

 本作において描きたい3つの大切な思いがあるとしたら、その1つ目が「謝罪」であることに、大きな異論は生じなさそうです。



 続いて、2つ目の思い。こちらは、このシーンと前後してホッジンズがヴァイオレットに伝えた内容の中に、その答えがありました。

(ユリスはリュカに)ちゃんと、伝えられたそうだよ…。
ゴメンと、ありがとうを。


 ここで言う「ゴメン」は、1つ目の思いである「謝罪」ですね。続くもう一つは「ありがとう」、つまり「感謝」です。これが2つ目の思いではないでしょうか。

 まずリュカへの言葉を探ってみると、ユリスを許してくれたこと、ずっと友達でいようと言ってくれたことに対して、ユリスは「ありがとう」と伝えています。また、両親への手紙の中では、お母さんへの「パンケーキ、美味しかった」やお父さんへの「魚釣りもキャンプも、楽しかった」が感謝の気持ちにつながるものです。また、その後の「僕、お父さんとお母さんの子どもに生まれてきて良かった…。」という言葉は…あ、くそ、反芻するだけで涙出てきた…これはもう、最大級の感謝の言葉でしょう。シオンに対しても「お前が生まれてきた時、すっごく嬉しかった」という間接的な表現や、「僕の弟に生まれてきてくれてありがとう。」というそのものズバリの表現もされています。

 どうでしょうか。2つ目が「感謝」であることも、問題は無さそうですね。



 そして最後に、3つ目の思いですが…これが本当に見事だと私は思っているのですが、ここだけスポッと穴が開いたようになっていて、容易にはその存在を悟られないような隠し方がされているように感じます。少なくとも、大佐の言葉の中にもホッジンズの言葉の中にも「3つ目」につながる何かは見つけ出すことができませんし、それ以外の如何なる登場人物の言葉からも、そのヒントはなかなか見えてきません。

 ならば、ユリスが残した言葉と手紙、つまり現物から、その内容を探っていくしかありません。ここは一つ、「引き算」をしてみましょう。「ごめん」と「ありがとう」を示している箇所を、ユリスの言葉・手紙から除いてみるのです。それで残ったものの中に、「3つ目」がきっとあるはず。

 まず、リュカへの言葉から見ていきますが…残念ながら、「ごめん」と「ありがとう」を除くと、話し始めの部分「もしもし、だよ」などしか残りません。伝えなきゃいけない大事な思い、という感じではありませんね。これは空振り、でしょうか…。

 次に両親への手紙を見てみましょう。先に述べた部分を削っていくと…手紙の最後の言葉である「大好きだよ」のみが残りますね。これが、3つ目の思いかも知れません。

 ではシオンへの手紙はどうでしょうか。シオンの手紙で引き算をした時に残るのは、以下の部分です。

僕の分も、たくさん生きて、
それから…僕の分も、
お父さん、お母さんを大切にして、
仲良くして、いっぱい甘えて。

僕の大切な弟へ。
お兄ちゃんより。


 これ単体で解釈を試みるのはなかなか難物です。しかし、両親への手紙にある「大好きだよ」をガイドにして、改めて読みなおすと…共通する思いがここからも透けて見えてくる気がします。

 最後の「僕の大切な弟へ」という言葉は、換言すると「親愛なる○○へ」のバリエーションです。つまりこの言葉は、相手に対する親愛の情が現れた言葉であることが読み取れます。また、その前の「大切にして、仲良くして、いっぱい甘えて」についても、ユリス自身から両親への「大好き」の気持ちが裏打ちされている言葉、という解釈ができます。「3つ目の思い」は、相手への好意、または親愛の情なのではないでしょうか。

 そうだとすると、リュカへの言葉の中にそれが含まれていない理由もわかります。ユリスはね、先にリュカから言われちゃってるんですよ。「ずーっと友だちでいようね!」って。だから、ユリスはそれに対して「うん。」と肯定するだけで済み、自分からは「好意」や「親愛」にあたる新たな言葉を紡いでいないのです。



 さあ、いかがでしょう。ユリスが大切な人たちに伝えたいと願った、3つの思い。そして、きっと本作自体においても重要なテーマとして扱われているであろう、3つの思い。

 「ごめんなさい。」

 「ありがとう。」

 「大好きだよ。」

 ユリスのシーンから私が読み解いた内容は、以上でございます。


~~~


ホッジンズ「……手紙は……書けなかった……。」

ヴァイオレット「………………………。」

ホッジンズ「でも、電話で…………
  最後にリュカくんと話せて……
  ちゃんと、伝えられたそうだよ…。
  ゴメンと、ありがとうを。」

ヴァイオレット「………………………。」

ホッジンズ「それから、君が書いた手紙は、
  ご両親と弟さんに、ちゃんと渡したそうだ。」


 ユリスが大切な人たちとの永遠のお別れをしたこと、しかし「伝えたい思いを大切な人たちへ無事に伝えることができた」ことが、電報で報せを受けたホッジンズの口から語られます。

 この場面のヴァイオレットの心境は、明確な形では描かれません。しかし、避けられなかったユリスの死のことや、それでも彼がやり遂げたことなどが、ヴァイオレットの考えに強く影響したことは間違いないでしょう。

 「どうしようもないことなのです」…以前、第10話でヴァイオレットがアン・マグノリアに伝えた言葉です。母君がアンを遺して逝ってしまうのは、自分の失われた手が元に戻らないくらいどうしようもないことなのだ、と。ユリスの死も、きっと、どうしようもないことだったのでしょう。じゃあ、ユリスは不幸だったのか…本当のところはわかりませんが、彼は自分にできることを精いっぱいやりました。愛する人たちが、ユリスの死後に前を向いて歩いていけるように、温かい言葉を遺しました。やり遂げたユリスは、少なくともそのことには満足していたように見えます。「どうしようもないこと」があっても、彼は最後までより良く生きたのです。

 では、私はどうするのがいいのでしょうか?

 「どうしようもないこと」がある中で、自分にできることを精いっぱいやるとしたら、私は何をするべきなのでしょうか?

 私が「やり遂げるべきこと」は、一体何なのでしょうか?

 …恐らくそんな自問自答の末に…ヴァイオレットは結論を出すのです。およそ「らしくない冗談」を言った後に。

ヴァイオレット「朝になったら、戻ります…。
  ……郵便社に。」

ホッジンズ「………えっ?」


 ………………えっ?

 ………………かえ、る?少佐に会わずに?ようやくここまで来たのに?すぐ、そばに、少佐が、いるのに?

ヴァイオレット「戻って、手紙を書きます。
  仕事が溜まっておりますので……。」

ホッジンズ「ヴァイオレットちゃん……。」


 ……………それが、貴女が出した結論なのかい?本当にそれでいいの?

ヴァイオレット「少佐はご無事で、生きておられました。

  もう二度と会えないかも知れないと思っていたのに……


  お声も……聞けて………………


  私は……………もう……………





  ………それだけで十分です。



 ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!

 十分なわけないでしょ!!十分なわけがないじゃない!!「十分です」の一言を絞り出すまでに必要だったその時間の長さが、貴女の両頬を流れ落ちる涙が、何よりも雄弁に貴女の気持ちを語っているんじゃないのかい?!いつか貴女自身が「人の心は裏腹で」って言ってたように、この言葉がまさに「裏腹」なんじゃないのおおおおおおお?!

 ……そう、私は裏腹なのだと思うのですが…でも、ここのヴァイオレットは「笑顔」なんですよね…。今にも泣きそうなほどに結んだ唇を震わせて、口を開いたら嗚咽が漏れそうになるのをこらえて、自分の「感情」ではなく、辿り着いた「決心」をその口から語ろうと…。

 人が伝えたい本当の思いを掬い上げ、手紙にして相手に伝える手助けをする。それがドールの…ヴァイオレットの仕事です。しかし今回、ユリスの臨終という肝心な時に遥か遠い地にいたヴァイオレットは、ユリスの本当の思いを掬い上げることも、それを手紙にすることも、相手に伝えてあげることも、自分の手では何も為すことができませんでした。電報という連絡手段があって、仲間たちの必死の助けがあって、それでどうやらユリスの願いはギリギリで何とか叶えることができたようだけど、ヴァイオレット自身が彼とした指切りの約束は果たすことができなかった…そのことを、ヴァイオレットが後悔していないはずはないと思います。

 また、ユリスが自分の思いを伝えることで為したいと願ったのは、「大切な人たちの幸せ」でした。自分がいなくなった後も、それを読んだら元気になって頑張れるような手紙を残したい…。自分に残された僅かな間だけでもちやほやしてほしいとか甘えさせてほしいとか苦しみを和らげてほしいとか、そんな利己的な願いではなく、「自分以外の大切な人の幸せ」を願ったのです。そんなユリスの行動に、ヴァイオレットが何も感じていないはずはないのです。

 少佐とのやり取りが、たったのあれだけで十分なはずがない。

 しかし、果たせなかった約束を後悔していないはずもない。

 また、人の幸せを願える彼女が、少佐の幸せを祈念しないはずもない。

 それらの思いを突き詰めた先に…ヴァイオレットは「私は自分の幸せではなく少佐の幸せを願い、ドールとしてやるべきことをやる」という決意を語って見せたのです。

 もうね…その選択が「正しい」とか「正しくない」とか、言おうと思えばそりゃあいくらでも言えるでしょうよ…でもね…私は、ヴァイオレットがものすごく悩んで、それで自分で出したこの結論に、異論なんか何もないですよ…だってさ、彼女の中で少佐の思いが軽いなんてことは絶対にないのに、それよりも「人の思いを伝えること」の方を自分の生きていく意義にしようって、それから「少佐の幸せを最優先にしよう」って、そう思ったんでしょ…もうもう、そんな辛い選択ができる子なんだってことだけで、全肯定するしかないじゃないのさ…。



 でも。



 ....・・・・ぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!



 ヴァイオレットおおおおおおおおおおおお!!!!



 キミは……キミは本当に……本当にそんな辛い選択を…それでもなお、前を向いて、歩いていくと言うのか……。ああ……ヴァイオレット………。



 

【祝福~ひかりあれ】

 ひかりあれ。

 それは、切なる願いである。

 救いを求める祈りである。

 闇の先を照らす希望である。



 人の生は多くの困難とともにあって、

 時には暗闇をくぐることも避けられない。

 いつ終わるとも知れない苦しみにあって、

 もがき続ける者も決して少なくない。



 だが、それでも人は喜びを願う。

 時として自分ではなく、誰かのための幸せを願う。

 人と人の心を結ぶ、切なる思いを伝えたいと願う。


 
 ひかりあれ。

 だからこの願いを、誰か天へ届けてください。

 どうか我らの行く手に、その祝福がありますように。


~~~


 一夜明けて。


 激しい嵐が去った島は、煌めく光に満ちた朝を迎えます。


 雨粒をいっぱい付けた草木の間に、朝の陽光が眩しく輝いて。


 島全体を、優しげな恵みの光が照らし。


 水たまりの残るその土地に、人々は穏やかな様子で言葉を交わし合い。


 子どもたちは明るい世界を無邪気に駆け回りながら、他愛もない遊びにいつまでも夢中になれて。


 ………まるでそれは、「凪」の美しさです。


 私は以前から「光」の描写に係る京アニさんの超絶な仕事が大好きで、作品ごとに色を変え、質もどんどん上がり続けるその技に毎回唸ってきましたが…本作のこの場面での光表現は、あまりにも「素(す)」の様子に見えるものでした。「素」というのは、「他意が無さそう」ということです。思わせぶり、匂わせ、意味ありげ、そういったものとは一切関係のない、ただただ美しい光景に見えたんです。実を言えば、初見時にはそれでちょっとした肩透かしを食らったような心地さえしたもので、死ぬほど号泣しまくる後半戦において「ここは唯一の休憩タイムかも」と思ったくらいです。

 しかし、「ほぼ全編にわたり常に涙の海に溺れまくって轟沈しっぱなし」だった初見時のレベルから、鑑賞回数を重ねて徐々に程よく慣れてきて、涙の大波の上にも時折顔を出すことができるようになり、「細かな浮き沈みや起伏をきちんと認識しつつ最終的に轟沈」へと私の鑑賞姿勢が変わってきて…それでようやく、このシーンのあまりのヤバさに気付き始めました。

 ここの「凪」はね、ホントにヤバいんですよ…だってこれ、あの嵐の夜から一夜明けての凪ですよ?ヴァイオレットのあの狂おしい懊悩の夜が明けて訪れてるんですよ?何をどう考えたって、この凪、今のヴァイオレットの心境を象徴するものとして描かれてるって結論にしかならんじゃないですか!!

 そういう視点を含めて改めて見直すとですね…幸せそうに朝食に向かう老人たちも、楽し気に笑いながら追っかけっこで遊ぶ子どもたちも、映像にはそんな素振りが一切描かれてないだけで、「誰も彼も過去に大きな悲しみを抱えていて、でも今はその先の未来へ笑顔とともに進んでいる」ってことが切々と伝わってくるんですよ!!こんなにも「素」に見えるのに!!

 泣くわ!!そんなん!!


 ……谷川俊太郎さんの「黄金の魚」という詩に、こんな一節があるんです。

どんなよろこびのふかいうみにも
ひとつぶのなみだが
とけていないということはない


 三善晃さん作曲の男声合唱曲にもなっているこの詩に、触れた当時学生だった私は何となくながらも強く惹かれるものを感じて、それ以来今までずっとこの胸の内で温め続けてきたのですが…その深みや味わいに迫るようなものを!!まさか映像作品で!!こうして見せていただける日が来るなんて、思ってもみませんでしたよ!!!

 もうね…そこに気付いてからはね…このシーンがもうはらはらと泣けて泣けて…なんつー眩しい世界を描きやがるんだと…くそう、これ以上の言語化ができない自分が恨めしい…。

私は……………もう……………





………それだけで十分です。


 前夜のこの言葉通り、ヴァイオレットは本当にこの結末を飲み込んだんです。そう結論付けざるを得ません。もちろん、それは「少佐への思いが無くなった」という意味では決してなくて、それは今も胸の中に同じくらいの強さで残っているはず。ですが、少佐には会えないけれど、その自分の悲しみを飲み込んで、少佐の気持ちと幸せを優先して、自らは前に進む決意をしたんです。それが、このシーンにおける「凪」の描写の意味だと、私はそう思います。



 そして前に進むのであればこそ、彼女は自分の思いを少佐に伝えなければいけません。伝えたい言葉を伝えないまま進んでしまっては、そのこと自体が大きな後悔になってしまいます。

伝えたい事は、できる間に、
伝えておく方が良いと思います。


 リュカへの手紙をどうするか迷っていたユリスに、ヴァイオレットが伝えた言葉です。そのユリスは、リュカに自分の思いをちゃんと伝えることができました。今度は、ヴァイオレットの番なんです。ここでヴァイオレットが島を去れば、きっともう少佐と会うことはないでしょう。今伝えなければ、もう伝えることはできないのです。

 伝えたいことをきちんと伝えて、それで自分の思いに区切りを付ける。少佐への手紙を書くという行為には、「自分の少佐への思いを葬送して、しっかり前へ進む」という、彼女の覚悟が表れている気がしてなりません。


 この美しい、光溢れる島の朝を経て…ヴァイオレットは少佐への手紙を書きます。恐らく、最後になる手紙を。


~~~


 時は、夕暮れ。


 忘れ去られたように落ちている、ブドウが一粒。僅かではあるけれどその確かな実りは、誰かを幸せにはしないのでしょうか…。


 ギルベルトが調整した、収穫したブドウを高地に運ぶケーブルリフトの初運転が始まります。ブドウが無事に届いた高地で上がる歓声、喜ぶ人々。ギルベルトが作ったこの機器は、「人々の未来への思いを運ぶもの」と言い換えてもいいでしょう。そこに、ヴァイオレットの「人の思いを伝える仕事」と、一体どれだけの違いがあるでしょうか。しかし、ギルベルトはただ義務であるかのように、笑顔も見せずに淡々と自分の仕事をこなすばかりで…そばの老人が心配そうにその様子を見守ります…。


子ども「あっ!郵便のおじさんと、お姉さん!」

ホッジンズ「おじさん……(苦笑)。」


 ギルベルトがいるのと反対側の、かごを受け取る側の人々。そこにやってきたヴァイオレットたちに、この機械は先生が作ったものであることを、嬉しそうに話す子どもたち。ギルベルトと島の人々との確かな結びつきが見えるところですね。ヴァイオレットはそれをやや寂しげな表情で見ているのですが…。

子ども「ねっ?すごいでしょ!」

ヴァイオレット「……………………はい。」


 先生のことを自慢する子どもたちに、笑顔で答えます。もう、ヴァイオレットの心は決まっているのですね…むしろ、観ているこちらの方が辛いです…。

 ヴァイオレットは迷う素振りもなく、地面に置いたカバンから手紙を取り出すと、同じ目線になるようにかがんで、少年に手渡します。

ヴァイオレット「これを……………
  先生に渡してくださいますか?」

子ども「わかった!ぜったいわたすね!
  じゃあねー!!」


 この島ですべきことを終えて立ち上がり、こちらに背を向けて歩き去っていくヴァイオレット。この凛とした立ち姿には、如何なる迷いも感じさせません…。「残心」という言葉をつい当てはめてしまいそうな、何とも言えぬ美しさを感じる足取りです。

 「残心」という言葉には「心残り」「未練」という意味もありますが、そちらではなく…武道で用いられるような「一つの動作を終えた後も緊張を持続する心構え」の方を思わせるのです。少佐への思いを伝えるべく手紙を託した後も、その思い自体には全く揺らぎが無く、しかしこれから自分の為すべきことへ向けて、確かな足取りで歩んでいく…これを「残心」と言わずして、何と言いましょうか。

 「葬送」とは「あったことを無かったことにするもの」ではないのです。少佐への思いが確かにあったことをしっかりと受け止め切った上で、しかしその場で立ち止まっていつまでも悲しみ続けるようなことなく、次に進めるようにすることなのです。その意味で、ヴァイオレットは自分の思いを正しく「葬送」できたのでしょう。

 かえって我々の方が、「それで本当に良かったのか、ヴァイオレット…」と思いながら画面に釘付けになっているのですが……そんな我々に力強く答えるように、彼女はその背中を、美しい去り際を見せるのです。ヴァイオレットはもう、迷いません。ヴァイオレットはもう、嘆きません。ヴァイオレットはもう…少佐への確かな思いをこの後も抱きつつ、しかし少佐とは遠く離れた場所で幸せを願いながら、先へ進む選択をしたのですから。

 長く長く時間を取って、ヴァイオレットが歩んでいく様が映し出されます。遠く離れて、小さくなっても、私たちにその確かな足取りを見せて……。



老人「あんただけが背負うことは無い…。」


 初運転を終えて、ただ一人で佇みながら夕日を見つめていたギルベルトに、老人が声をかけます。この老人は何度も映像に登場しては、ずっとギルベルトのことを心配そうな視線で見つめていました。彼が何かを苦悩していること、重すぎるものを一人で背負おうとしていること、本当は帰りたい場所があること…全て、この老獪な人物にはわかっていたのですね。

老人「戦えば豊かになる……。
  みんな、そう思っとった……。
  ライデンシャフトリヒのやつらが
  憎いと思っとったよ……。

  じゃが……みんな、傷ついとったんじゃ…
  みんな………………………………………。」


 その代償として、恐らくこの老人は自分の息子たちを含む、大勢の若者を見送ったのでしょう。だから老人の言葉には重みがありますし、そこには深い後悔と同時に、そこから得た教訓を胸に前へ進むべきだという信念を感じます。ああ…願わくば、こういう方のように年を取りたいものです。

老人「帰るところがあるのなら、
  帰った方がええ…。」

ギルベルト「……いえ……ここにいます。
  ずっと、ここに…………。」

老人「…………………………
  わしらは助かるがの……。」


 ギルベルトの決心は、表向きは堅そうです。しかし老人には、この若者の本心も迷いもある程度は見えていそうですが…それでもくどくど言葉を重ねず、あっさりと引き下がります。「もし気が変わることがあれば、いつでもそこに帰りなさい」とでも匂わすような…実にいい引き方ですよね。いやホント、年を取るならこんな風になりたいもんですわ。

 老人が立ち去って…なおもそこに佇むギルベルトのところに、もう一人…。

ディートフリート「…………………よう。」

ギルベルト「………………!!」


 アニキ!ディートフリートのアニキ、来たじゃないですか!!そりゃそうか、ホッジンズが相談してギルベルトの居場所を調査したの、大佐ですもんね!!しかし一体いつこの島へ?…ああ、先ほど夕方の光景で島の港に停泊している船が映りましたが、あれはこの日にやってきたもんだったのですかね。あたしゃてっきり、実はヴァイオレットたちと同じ船に乗って島に来ていて、最も輝けるタイミングで出るチャンスをずっと窺っていて、満を辞して「今だ!」とばかりに!(←んなわけはない)(でもそういうお茶目な大佐は、それはそれで見てみたい気も…)

 ホッジンズとディートフリートのコミュニケーションがああですから、恐らくは何も示し合わせることもなく、本当にたまたま、このタイミングで現れたのでしょうか。にしては、ギルベルトとヴァイオレットの間にこの島で何があったか、ある程度知っている風ですが…それはこの日の日中にヴァイオレットたちと会うことができて、概略を聞いたって辺りが妥当なところだと思います。よしっ!こんなもんでしょ!行間読み完了!!

ディートフリート「お前はこの島で、
  やっと自分の道を選ぶことができたのか?」

ギルベルト「……………………………。」

ディートフリート「確かに、いいところだがな……。」

ギルベルト「…………兄さん…………。」


 「こういう言い方しかできないところが問題なのだ」とか言って、反省する素振りもあった割に、全然変わってないよ兄さん!!だがそれがいい!!もうね、「不器用なだけで思いやる気持ちはちゃんとある」って分かった上で聞いてると、この皮肉っぽい物言いの裏側が透けて見えるようで、たまんないわけですよ!初めての弟の自発的な選択を「これはこれでいいところだ」と肯定しつつも、でもお前の本当の気持ちはそうじゃないんだろ?って問いかけてるんですよ!!この後も、母親の墓参りもしないでお前は!とか叱った後に、わざわざヴァイオレットの名前を出して揺さぶってみたりとか!!兄ちゃんいい人!!言い回しはアレだけど、ホンっと、いい人!!

ディートフリート「……いつか、また、
  会うことがあったら、
  謝ろうと思っていた………。

  ……………だが……………
  今は麻袋に詰め込んで、
  お前をヴァイオレットの前に
  放り出したい気分だ!」


 謝ってねーじゃん、とか言っちゃダメ!!「大佐基準」で言えばこれはもう、十ーー分に謝ってるわけですよ!!更には!!「オレからの謝罪なんかより、今はもっと大事なことがお前にはあるだろう?なのに、何でこんなところで意地を張ってんだ!」とですね、弟たちの幸せのためにハッパかけてるんですよ!!相変わらず言い回しはアレだけども!!ホントにアレだけれども!!

 そもそもの、ヴァイオレットとギルベルトの出会い。あの時は、麻袋に詰め込んだヴァイオレットを、ギルベルトの前に大佐が突き出していたのですよね。それと同じことを、今度は逆向きにやってやりたい、と。あの時は、「厄介なシロモノを弟に押っ付けた」というのが妥当な解釈だろうと思っていましたが…もし、もしですよ?僅かなりとも、この武器は弟の役に立つだろう、という思いが大佐にあったのだとすれば、あれは「ギルベルトのため」にやったことになるわけです。その逆をやりたい気分……これって、「ヴァイオレットのため」にやりたいと思ってることになりませんか?!

 ~~~~~!!!あんたって人は!!あーもう、あんたって人は!!

ギルベルト「…………あの時…………
  ………引き取るべきではなかった……。」

ディートフリート「じゃあ、本当はどうしたかったんだ?」


 あーもう!あーもう!ああああもおおお!!弟・ギルベルトの本心を引き出す一言にしてはあまりにも不器用な!!でも、それでいいんですよね?!だってギルベルトはずっと、「××すべきじゃなかった」「××しない方がいい」ばかり言っていて、「私はこうしたかった」って言ってないんだもの!!そしてそれは、過去形じゃなくてもいいんですよ!!「私はこうしたい」って、言っていいんだよ!!あの時果たせなかったことは、これから別な形で取り戻せばいいじゃない!!

ギルベルト「…………幼かった彼女が…………
  ……もっと楽しい時間を過ごせるように……。

  ……かわいらしいものを……
  ……慈しめるように………。

  ……美しいものに……
  ……心躍らせるように……。


  ……そんな…時間を過ごさせてやりたかった…。

  …………………なのに……!!



 ああああああ!!ギルベルトの、その後悔の、一番深いところですよこれ!!もう最初っから、ギルベルトは悔いを重ねていたのですね!!戦争に駆り出したり、命令のせいで両腕を失ったり、そういうのも当然後悔ではあるけれど、「どうして年頃の少女と同じように過ごさせてやれなかったのか」ってのが一番根っこにあるんですよ!!そんなの、ギルベルトのせいじゃないのに!!どっちかってーと、今そこで不器用なことしか言えないでいるお兄ちゃんの方がずっっとギルティじゃないですか!!(←ぶっちゃけ過ぎ)

 そこへ、まるでタイミングを図っていたように、リフトのかごに乗って降りてくる手紙…。ぅぉおい!ヴァイオレットに「ぜったいわたすね」とか約束した少年!こんな不安定なところに、しかもその先にジルベール先生がいるかどうかもわかんない状況で!もしそこに先生がいなかったら、否!手紙が風で飛ばされでもしたらどう責任を取るつもりだったんだ!……とか思わないでもないですが!!この場面はもうそれどころじゃないので、そういうツッコミ意識は麻袋に詰め込んで胸の奥に放り込んでおきましょう!もうそれどころじゃないんで!マヂでそれどころじゃないんで!!

ディートフリート「……………お前宛だ。

  ………読めよ。」


 ギルベルトの手に、ヴァイオレットの最後の手紙が渡って…その「大切な最後の思い」が、読み上げられます。

親愛なるギルベルト少佐

突然お邪魔したことをお許しください。
これが、少佐に宛てて書く、最後の手紙です。

私が今、生きて、誰かを思えるようになったのは、
あなたのおかげです。

私を、受け入れてくださって、
ありがとうございました。

本を読んで下さり、
文字や、色々なことを教えてくださって、
ありがとうございました。

ブローチを買ってくださって、
ありがとうございました。

いつも…いつもそばに置いてくださって、
ありがとうございました。

心から…愛してる…を…
ありがとうございました。

少佐が愛してると言ってくださったことが、
私の生きていく道しるべになりました。

そして、愛してるを知ったから、
愛してると伝えたいと思いました。

少佐…………。
ありがとうございました。

今まで………。
本当にありがとうございました。


 アッ……ガ……グ…………いや…まだだ、まだその時じゃない…。

 沈んでいく夕日と合わせて、音楽も演技も全てが美しく組み上げられたこのシーンには、観ているこちらももう息絶え絶えで、涙うるうるここに極まれり状態なのですが…ここはグッと我慢して、先にどうしても読み解いておかなきゃいけないことがあります…。

 手紙を読み終え、震えながら声を詰まらせるギルベルト…その手元が、ちょっとだけ画面に映ります。その手にある手紙を見ると、何て書いてあるかはよくわからないんですが、最後に一行…二つ三つくらいの単語で構成されたらしき、短い文章があるんですよ。あれ?朗読の内容と合ってなくない?

 …これは2020年9月19日の舞台挨拶で石立監督から明かされたことなのですが…ギルベルト、手紙の最後の一行は「声に出して読んでいない」んだそうです。また監督曰く、それは「あれだけ会うのを渋っていたギルベルトが走り出すような言葉」である、とも。じゃあ、そこには一体、何と書いてあるのでしょうか?、

 それを読み解くツールは、既にこのレビューの中で準備済みです。そう、「伝えなければいけない、とても大切な3つの思い」ですよ。ユリスが大切な人たちに伝えた3つの思いが、ヴァイオレットから少佐への手紙の中にも、ちゃんと入ってるはずです。

 1つ目の思いである「謝罪」は、手紙の一番最初にちゃんとありますね。急に押しかけてごめんなさい、と。続いて、2つ目の思い「感謝」については、これがもうその後ずっと「少佐への感謝」が綴られています。感謝、多いですね。確かに、ヴァイオレットがこれまで少佐に感謝を伝える機会はなかったのですから、これだけの量になるのもうなづけます。そして、ギルベルトが読み上げた最後の文章まで、「感謝」です。

 となると、3つ目の思いが、読み上げられなかった部分にぴったり収まるはずです。3つ目の…えっと、「相手への好意または親愛の情」でしたっけ…あれ?これじゃ上手くはまらない?もし最後の行に「大好きです」じゃああまりにあまりな感じだし、もし仮にそう書いてあったとしても、それじゃあ少佐、「思わず走り出」さなくないですか?



 あー。

 すいません。

 私、ウソついてました。

 前の章で書いていた、伝えなくちゃいけないとても大事な「3つの思い」。あれ、私が読み解いた本当の内容とは、一ヶ所だけ違うんです。


 一つ目は「ごめんなさい。」


 二つ目は「ありがとう。」


 そして、三つ目は……「あいしてる。」なんですよ!


 だってだって、これしかないじゃないですか!!ギルベルトの「あいしてる」から始まった物語だからこそ、「あいしてる」でしか終われないじゃないですか!!「謝罪」と「感謝」と、そして最後は「愛」なんですよ!!ユリスが大切な人に残した気持ちも、「好意」や「親愛」というやんわりしたレベルではなく、もっともっと大きいもの、「愛」だったはずだと思うのです!!


 だから、この手紙のラストの一行…ギルベルトがあの場で声に出して読み上げることが叶わず、しかしギルベルトの心を大きく揺さぶった挙句、思わず走り出してしまいかねない言葉は…。

 「心から、愛しています。」じゃないでしょうか?

 あの日のヴァイオレットには意味が分からなかった、少佐の言葉を!その後の自動手記人形の日々を経ることで人の思いを、言葉を伝えることの意義を、そして少佐の愛を理解したヴァイオレットが、満を持して少佐に返す言葉として、これほど適切な、唯一無二のものがありましょうか!!


 ………………もう、泣いてもいいですかね?いいですよね?必要なことはどうにか言い終わりましたので、もう泣いてmぐぶばらッ!!


 あがぶらばあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!


 「みちしるべ」が!!TVシリーズの極上ED曲「みちしるべ」が!!「少佐のこの言葉があったから、私はここまで来れました」という感謝の手紙の後にかかる「みちしるべ」とか!!!あーーーもーーー卑怯くさいにもほどがあるッ!!!そんなもん、泣かずに済むわけがないでしょおがああああああああっ!!!!

 そして!あの日の「あいしてる」がヴァイオレットのみちしるべになったのと同様に!今この手紙に書かれた「あいしてる」は!ギルベルトの!みちしるべになり得るんですよ!!贖罪のみに己を沈めたただ辛いだけの日々ではなく!!「あいしてる」を足がかりにこれからの未来を生きていってもいいのだ、という、少佐のみちしるべに!!

ディートフリート「皆、簡単には素直になれぬものだな…。

  ………ブーゲンビリアの家はオレが継ぐ。

  ………お前はもう、自由になれ。」

ギルベルト「………ふっ………ぐ………う………。」

ディートフリート「………………………行けよ。」


 もうお兄ちゃんったら!!ホント、最後まで不器用なんだから!!でも、弟のかつての笑顔を思い出して、まずは自分から素直になろうって思ったんだよね、そうだよね!!そして、大佐なりの精いっぱいの優しい声で、あれだけ頑なだった気持ちが今やボロボロに柔らかくなっている弟に、最後の一押しですよ!!てゆーかですね、あれほど嫌がり反発してきた家のことなのに、「そこから逃げて、お前に放り出すのはもうやめる」と!!「これからはオレがその責を担うから、お前は安心して、今度こそ自分のやりたいようにやってくれ」と!!きちんと書き直すと、そういうことですよこれ!!弟への愛に満ち溢れてるじゃないですか!!


 その肉親からの愛を確かに受け止めて!!


 自分の中にあの日から、確かにあり続けた愛をようやく解放して!!


 矢も楯もたまらず、遂に走り出すギルベルト!!

 
 ああおあおあおあおおああああ、うぇ、うぇあおうおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 カタルシスが!!ここまで長く強く抑えつけられてきた分だけ、カタルシスの反動がハンパない!!この時に頭の片隅では、「なんぼジルベール先生の足が速いと言ったって、これは流石に追いつけないのでは?」とかの無粋なツッコミがかすかに鳴ってるんですが、巨大な感動のハンマーでガンガンと殴られているようなこの状況で、そんなツッコミに構ってる余裕なんか全くナッシングですよ!!!

 走る!走る走る走る!!徐々に迫る宵闇にも一向にひるむことなく、力の限り、自分の思いのそのままに、ギルベルトがヴァイオレットに向かって走り続ける!!!

 …片やヴァイオレットは、既に船上の人となり。決して幸福そうではないけれど、とても落ち着いた表情で…。自分が託してきた手紙のことを思いつつ、見るとはなしに島の方角を、波間の向こうに遠く見やっていて。

 この温度差よ!バックでは茅原さんの歌い上げる「みちしるべ」が切々と思いを語っていて、ギルベルトももう自分の思いをすっかり解放しているのに、ヴァイオレットはまだそのことに気付いてさえいなくて!!もどかしさが天元突破しそう!!

 しかし遂に、ヴァイオレットの乗る船がギルベルトの視界に入って!ギルベルトは自分の思いの丈を、その船に向かって叫ぶのです!!

ギルベルト「ヴァイオレット!!」

ヴァイオレット「………?!」

ギルベルト「ヴァイオレットおおおおおおおお!!!

ヴァイオレット「……………………!!

  …………しょう………さ?」


 だばどぶぅあでべぶばだばびら、あばでどぶわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 思い人に向かって叫ぶギルベルトのその渾身の様子も!!忘れえぬ声を波の向こうに認めた刹那にヴァイオレットが一気に涙ぐんでしまうその表情も!!そしてヴァイオレットのこの呟きが映えるようにきっちりと正確にブレイクを入れてくる「みちしるべ~Movie Version~」の構成の絶妙さも!!もう何もかもが最高すぎる!!もーわけわからん!!わけわからんくらい泣く!!!泣かざるを得ない!!号泣を禁じ得ない!!得ないよおおおおおおおおおおお!!!!(爆涙)

 少佐が自分を呼んでいることを知り、自分の思いのままにその方向へ歩き、走り出すヴァイオレット……え、ここ、船の上よ?ちょ

(歌)飛ぶことをやめないと~♪
約束しよう~、一人じゃー、なーいー♪


 ホントに飛んだーー!!(ヴァイオレットが)

(冷静な内なる私)いや、それ、その高さから海へダイブして大丈夫?つか、船のスクリューに引っかかったりしない?アブなくない?ヴァイオレットの身体能力の高さを考慮しても、流石にアレじゃない?

(観ている実際の私)あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!

 あっ、ギルベルトこけた!!

(冷静な内なる私)ちょ、すげぇこけ方したけど大丈夫なん?ゴロゴロ回転しちゃったりしてるけど、アブなくない?おっきい石とかあったら、額割れちゃったりしねぇ?ギルベルトが訓練された軍人であることを考慮しても、流石にアレじゃない?

(観ている実際の私)あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!

 あーもーわけわかんね!!わけわかんね!!一層泣けてくるけど、これが感動なのかカタルシスなのか驚きなのか笑いなのか幸せなのか、もおおおなんッにもわがんね!!わがんないげど、ただただ泣く!!ただただ泣くわ!!!もうそれでいいよね!!!それでいい!!!いいことにしよう!!!!

 うがはああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!



(歌)あーなたのー声が~、
  みーちーしーーるべ~♪


 自分の思いのままに、未来を示す方角~画面の右側に向かっていくヴァイオレット。そしてまた、自分の思いのままに、置き忘れた過去を拾う方向~画面の左側に向かっていくギルベルト。その二人が、すっかり暮れた夜の闇の中、月の光をバックに、ようやく対峙します。

 見つめあう二人。そして、しばしの沈黙の後……。

ヴァイオレット「………少佐………。」

ギルベルト「………ヴァイオレット。
  私はもう、君の主人でも上官でもない……。」

ヴァイオレット「……………………。」

ギルベルト「……私は君を傷つけた。
  私は……君が思うような男じゃない……。
  素晴らしい主でも、立派な人間でもない……。」

ヴァイオレット「…………。」(ぶんぶんぶん)

ギルベルト「きっと……君にふさわしくない……。」

ヴァイオレット「…………!!」(ぶんぶんぶんぶん!!)


 ぶんぶんと首を振って否定するヴァイオレットが可愛くてしょうがないんですが!!一方のギルベルトは、ここに至ってもこんなに自己否定が出てくるのか…と思わなくもないですが…この自己否定はきっと、少佐の中に今もある「後悔」の変奏なんですよね。その後悔は、これからも決して消えることは無いでしょう。

 でも、その「後悔」を上回る「思い」があるからこそ、ギルベルトは今ここにいて、ヴァイオレットと向き合っているのですよ。そのことを、涙がこみ上げつつもヴァイオレットに伝えるギルベルト…。

ギルベルト「………それでも………!!

  今でも、君を……………

  ………あいしてる………。」

ヴァイオレット「……………わたし……………。」

ギルベルト「………そばにいてほしい………
  ………ヴァイオレット………。」

ヴァイオレット「……………わたし……………。」(あふれる涙)


 あーあーあーあー!!もう!!全っ然、涙が乾く暇がないんですけども!!ギルベルトの愛の言葉に、何とか答えよう、自分も愛の言葉を返そう、そう思ってるに違いないのに!!それ以上言葉が出てこないヴァイオレットとか!!こちらももうさめざめと泣くしか!!泣くしか!!

ヴァイオレット「………………しょ……………

  …………………………………

  ……しょう……………………

  ………………わたし…………

  …あ……………………………

  ………う………………う……

  …うう………う……………。」

ギルベルト「………ヴァイオレット………泣くな………
  …………私も、ほら…泣きそうなんだ……………。」


 申し訳ありません少佐!!こちらは「泣きそう」で留めることができず、もう我慢できずにボロボロに泣いております!!不甲斐ない自分をお許しください、少佐!!しょうさ……しょう………さあああああああああああああああ!!!

ギルベルト「………君の涙をぬぐいたい………。
  ………お願いだ………顔を上げてくれ………。」

ヴァイオレット「……………わたし……………

  …………しょうさ…………………

  …………………………を…………

  ………しょう………さ……を……」


 がしゃっ………がしゃっ……………がしゃっ…………と。思うように言葉を紡げない自分を叱咤するように、義手で自分を叩くヴァイオレットが……言え……言うんだ……「私は少佐を愛しています」って、ちゃんと自分の言葉で言うんだ……きっと、そんなことを思っていたのでしょう。でも、一向に言葉が出てこなくて…こちらももらい泣きしっぱなしです。

 でも、「言葉にできないからこそ、雄弁に伝わるもの」ってものも、あるんですよね。ユリスとヴァイオレットの間でいくつか交わされた、「言葉でない形のコミュニケーション」が思い出されます…。大丈夫だよ、ヴァイオレット…ちゃんと少佐には伝わってるよ、大丈夫…でも、やっぱり自分の言葉でも伝えたいんだろうなぁ…そんなことをぐるぐると考えながら、彼女の様子にまた涙するのです……。


~~~


ギルベルト「あいしてる……ヴァイオレット……。
  ……ずっと……こうしたかった………。」

ヴァイオレット「………う………ううう………
  ………うあああ………あああああ…………
  ………あああああああああああ……………。」


 月の光の下で。ギルベルトはヴァイオレットの体を優しく抱きとめ、ヴァイオレットはギルベルトの胸の中で泣きじゃくります。その時。ギルベルトの手から、役目を終えたヴァイオレットの最後の手紙が風に飛ばされ、夜の空へと舞い上がります。

 そこに、第1話序盤のシーン~まだドールになる前のヴァイオレットが病室で書いていた、少佐への報告書が風で舞い上がってしまうシーンのバンクが重ねられます。

 それは、旅の始まりの記憶。

 そして今は、長い長い、その旅の終着。

 あの日に始まった、手紙の旅は…「少佐へ思いを伝えたい」というヴァイオレットの長い旅は、ようやく終着点へ辿り着いたのです。この、エカルテ島という小さな、けれどもとても美しい島で。美しい月の光に照らされて浮かび上がるその舞台は、二人の幸せを包み込んでいるかのようです。


 場面は変わって、ライデンの街。

 祭りのクライマックスでしょうか、夜空に花火が次々に打ち上げられています。それを見ながら楽し気に会話する、ヴァイオレットの仲間たち。ホッジンズ社長もそこにいて………えっ?ホッジンズ???

 ホッジンズは、ヴァイオレットと一緒に船で帰るところでした。ヴァイオレットは船上からダイブしてギルベルトと再会を果たしましたが、ホッジンズがまさか同じようにダイブするわけもありませんので、ヴァイオレットをエカルテ島に残し、彼はそのまま船で帰路に就いたのでしょう。しかし、そこからライデンまでは3日はかかる行程のはず…すると、この花火の夜は、ヴァイオレットとギルベルトが真の意味での再会を果たしたあの夜から、少なくとも3日以上経過しているということになります。映像を流れで見てくるとつい「同じ夜の風景」であるかのように錯覚しそうになりますが、明らかに別の日なのです。

 では、何故このシーンは、ここに挿入されたのでしょうか?

 同じ時点に起きた、別な場所での出来事が挿入されているのであれば、まだそんなに問題にはならないのですが…全く別な時点に、全く別の場所で起きたことが、このようにシームレスにつなげられているのには、何か特別な理由があるように思えるのです。

 しかし、それを読み解くヒントになるのは、この映像そのものだけ。しかもセリフも何も無いシーンですので、とっかかりになるものはほとんどありません。そもそも「正解」があるのかどうかすらわからないのですが…私なりの考えを書いておきます。


 いったん、直前のシーンに戻ってみましょう。ギルベルトの手から手紙が舞い上がって、それが第1話のバンクと重なることで、「長い旅の終わり」が演出されました。その後、あの舞い上がった手紙は何処に行ったのでしょうか?TVシリーズの最終話と違い、あの手紙が何処かに到達した、という描写は今回はありません。しかし、舞い上がった手紙が何処かへ到達したと仮定すると、その行く先は…少なくとも映像上で示されているのは、ライデンの街以外にありません。

 通常、手紙がエカルテ島からライデンまで到達するのに必要な時間は、同じように船や鉄道という経路を辿る以上、ホッジンズがエカルテ島からライデンまで帰るのにかかる時間と、そう大きな差はないでしょう。あの手紙が届いた後の時系列に来るのが、この花火のシーンになると思われます。


 つまり、こういうことではないでしょうか。

 ヴァイオレットとギルベルトが、ようやく互いの思いを交し合うことができて。

 そのことを知らせる手紙が、相応の日数をかけてライデンの街まで届き。

 ライデンではその夜、花火が打ち上げられる、と……。

 とすればこの花火は、「二人の幸せな結末の報せが届いて上がる、祝福の花火」として解するのが適切だと考えられるのです。




 続いていた花火がいったん収まり、夜の闇が目に戻ってきたと思ったのも束の間!!怒涛のラッシュですよ!!電波塔を中央に据えて、何種類もの花火が次々に上がって塔を彩ります!!………えっ?……彩る???よく見るとこれ、花火の光が常に塔に照り返しているのを、全部細やかに描き切っていませんか?!うわー!!流石に3DCGなんだろうけど、だからと言ってここまでしますか?!常に動いている光源の照り返しを、ここまで違和感なく処理できるもんなんですか?!どうしてここまで!!こんなに美しいものを……!!!


 京都アニメーションさんが、二人の幸せな抱擁の描写だけで終わらせることなく、この祝福のシーンをここまで力を入れて描き切ったことの意味を、私は私なりにずっと考えてきました。そこでもう一つ気付いたのは…花火って、「暗闇の中で輝く光」なんですよ。「暗闇」と「光」…本作でも、何度か登場してますよね?アバンでの「暗闇から光」への展開、ユリスとヴァイオレットが過去について会話していた時に落ちてきた飛行船の影による「暗さ」と「光」の対比、そして、エカルテ島での嵐の夜の「暗さ」と翌日の朝の「光」溢れる描写…。これらを踏まえて、「暗闇と光が同時にそこにある」ような花火のシーンが「二人の幸せへの祝福」よりももっと広い意味を持っていると考え、それを何か言葉で言い換えるとしたら。


 過去が、例えどれほどの暗さに満ちていようとも。

 未来が、明るいものであることを願って。

 今を、世界を、祝福の光で照らしたい……。


 …………そういうことなのですか?!


 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!


 なんという、なんということを……そしてもう一度改めて考え直してみたら、外伝から本作に至るまで、電波塔って「未来」の象徴として扱われてきてるものじゃないですか!!!その電波塔にね、傍を上がっていく花火の光が、いちいち照り返されるのが描かれてるんですよ?!未来を!!丁寧に丁寧に光で彩るかのように!!まるで、そのこと自体が祈りであるかのように!!


 ああ……もう感謝の涙で画面が見えねぇ……大変なこと、いっぱいあったはずですのに…それでも皆さんは、「世界を祝福する」という結末を望まれたのですね……。




 ひかりあれ。

 あなたの上に。

 わたしの下に。


 そして、思いを伝え合いながら、

 互いの幸せを祈る、世界中の人々に。

 ひかりあれ。






 

【Epilogue~3つの言葉】

 時を刻む音。


 規則正しく時が鳴る闇の中に、歩む少女がいた。


 見えるのは近くだけで、闇の先行きには何も見えない。しかしそれでも、その少女は着実に歩みを進める。

 いや、その少女だけではなかった。そこに姿は見えないが、少女と同じように歩みを進める者がいる。歩みを進める者らがいる。

 少女は、少女たちは…伝えていきたいのだ。大事な言葉を、大切な思いを。ある時は謝罪を。またある時は感謝を。そしてある時は…。


 そのために、少女たちは今もずっと、変わらぬ歩みを続けている。




 時が刻まれる。


 たくさんの人の切なる思いを乗せて。


 時が、そうして、刻まれていく。


 思いが、そうして、紡がれていく。


~~~


 また場面は変わって、雪に包まれるエカルテ島。連絡船でそこに向かい、ゆかりの地を訪ね歩くデイジーが、「ヴァイオレットの後日談」をモノローグで語ってくれます。


彼女は受けていた仕事を全て終えると、勤めていた郵便社を辞め、島の灯台の郵便業務を受け継いだという。

今はもう、その郵便局も町の通りに移転したらしい。

電話が出来て…ドールという職業は廃れたというが…多分、彼女はここで…みんなのために、たくさん手紙を代筆したのだろう。


 「ずっとここにいます」と言っていたギルベルトは、その約束を守り。ヴァイオレットの方がそこに移り住むことで、二人はきっと幸せな暮らしを送ったのでしょうね。

 あの頃、戦争の傷跡がまだ生々しく残っていたような島の人々の生活は…今はもうそんな陰りさえ見えず、心から楽しそうな笑顔が溢れています。ヴァイオレットとギルベルトも、この未来に少なからず貢献したのだろうな…なんて考えると、今に至るまで伝わってきたものの大きさに、その広がりに、改めて感じ入る思いがします。

郵便局員「この切手はね。
  この島だけで発売している、
  C.H郵便記念財団発行の切手なんですよ。
  この島は、一人が年間に出す手紙の数が、
  国内で一番多いんです。」


 「この切手」とは、C.H郵便記念館でデイジーが見とがめた「アレ」ですね。切手そのものはまだ画面にはお目見えしていませんけれど…そこに何がデザインされているかは、もう大方の予想がつくところですね。

 この話のあと、ドールについて語られているところで、郵便局の傍の樹の枝に誰かが結び付けたリボンが画面に映ります。ヴァイオレットが髪に結んでいたリボンと、よく似ていますね。落としてしまった描写の際はヴァイオレットの「過去への思い」を象徴するように描かれていましたが、今はヴァイオレットの「未来への思い」であるかのように思われて、この物語を通じて描かれてきたテーマとその対称性に、少なからずグッと来ます。

郵便局員「昔は、ドールっていう仕事があって、
  この島にも、それはみんなに慕われた
  ドールがいたんですよ。

  名前は……」

デイジー「ヴァイオレット・エヴァーガーデン!!」

郵便局員「…………………………。」(゚o゚)

デイジー「私の祖母も、
  彼女に手紙を書いてもらったことがあるんです!」

郵便局員(なるほど…という顔の後で) (^^)b!

デイジー「…………。」(^^)b!!


 いやっ、あのっ、ゴメン!不覚にも決壊したっ!ユリスとヴァイオレットの符帳になっていたこの言外のコミュニケーションが、直接今の二人に伝わっているはずは絶対にないんだけど!!「人と人が思い合い、大切なものを伝え合う中で、緩く暖かに伝わっていくものが確かにあるんだ」って、そういう何か素敵なものを予想外にねじ込まれた気がしてっ………あーもう、モチーフのチョイスとタイミングが卑怯すぎる……もう後日談で泣くところなんかないだろうと思ってたのに……。全然クールダウンできんじゃないですか……。



言葉で言えなくても、
手紙なら、できるかも…。

私も、素直な気持ちを伝えたい!

伝えたいあの人は…
今、この時にしかいないから。


 彼女は、彼女の旅を終えて…「伝えよう」と素直に思います。大佐が言っていたように、人は簡単には素直になれないものかもしれませんが、手紙ならできるのですよ。

 大切な人に、何を伝えましょうか。それは、誰もが思っていて、でもなかなか口に出せない言葉のはずです。ひょっとしたらデイジーは、「謝罪」も伝えたいところだったかもしれません。ですが、時として短い言葉の方が、思いが十分に伝わるということもあります。だから、万感の思いを込めた~大事な思い全てを包摂したような声で、デイジーの手紙は読まれるのです。

パパ……。


ママ……。


ありがとう。


 デイジーの手紙を受け取った両親の表情に、また涙腺を刺激されるのも束の間…ヴァイオレットがモチーフになった切手が大写しになります。「ヴァイオレットの思い」は今もこうして切手の図柄で残っており、大切な人への思いを届ける役割を担っているのですね…。

 そして、「3つの言葉」の締めであり、本作を通じてきっと一番大切にされてきた言葉が。

あいしてる





 ……………ぶっ、ブラbこらこらこらこら!!どうどうどう!!まだだ!!まだブラボっちゃダメ!!ダメよ、もう!!……いやぁ、でも思わずブラボってしまいそうなくらい、見事に決められてしまいましたよ……。たまんねぇなぁ…うっうっ…(泣きながら)。


 アバンと同じように、暗闇の中を歩く視界が描かれます。

 今度はその中に、ヴァイオレットの歩く姿が映りますが…歩いている誰かはヴァイオレットを追い越して、その先へ行きます。少なくとも、今のこの「視界」は、ヴァイオレットではなく別な誰かの視界なんです。

 ヴァイオレットが続けてきた「大切な思いを伝えよう」という行為。それは、ヴァイオレット一人だけが続けてきたわけではなく、人が…人々が、絶えず繋ぎながらずっと行ってきたものです。だから、それはこれからも続いていくのですよ。色々な時代に、色々な世界で、彼女と同じ役割を果たしていくたくさんの人たちによって。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン



 ……ああ……「あいしてる」からの「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の締め、何と美しい……そんな余韻に浸っていると、エンドロールが始まります。主題歌「WILL」。愛を抱きながら、ただあなたと生きていく……その未来を誓う「意思」の歌ですね、これは。サビの「帰ろうか、帰ろうよ」という呼び交わしも実に味わい深い…。最後の最後まで絞られた涙は、まだ全然引いてませんけど…決して悪くない心地です。

 ところで、この歌の一回目のサビ前に、こんな歌詞があるんです。

それでも 愛した日々は消えない


 最初に聞いて以来、ずっと心に引っかかるフレーズだったのですが…今回のレビュー書きの過程で、ようやくその理由に気付きました。TVシリーズ第9話の終盤、ホッジンズが言う以下の言葉と、よく似てるんですよ。

「してきたことは消せない。


 …でも。


 ……でも、


 君が自動手記人形としてやってきたことも、
 消えないんだよ。


 ヴァイオレット・エヴァーガーデン。」


 いやいや、似てるのは流石に偶然でしょう!流石に偶然だとは思うのですが…更に深堀りしてみますと、もっとエグイことがわかりました。1つ目の「してきたこと」ってのは、ヴァイオレットが「武器」だった頃にその手にかけてしまった人々のことです。謝っても取り返しがつかないことだから、ヴァイオレットは苦悩していたんですよね。2つ目の「自動手記人形としてやってきたこと」というのは、手紙を書いて人の思いを伝えて、感謝されてきたことで…ちょっと待って!!WILLの歌詞と合わせたら、「3つの思い」になるんじゃないですかこれ!!消えないもの3つ!!それが「3つの言葉」に繋がるようになってるじゃないですか!!

 「スタッフの人、そこまで考えてないと思うよ?」真顔で何てこと言うの以下略……いや、私も流石にそれは無さそうとは思っていますが、もしこれが仕込みの結果だったら…絶句しますね、凄すぎて。


 続いてエンディング曲「未来のひとへ」が流れます。初見時は繋ぎがあまりに自然すぎて2曲目に入ったことに気付きませんでしたが、この2曲、本当にぴったりと雰囲気を合わせてありますね…Evan Callさんすげぇなぁ…。こちらの曲は、道に迷うことも涙してしまうこともあるけれど、小さな夢を手紙に載せて未来に送ろう、という歌で、WILLとは違った方向の切り口ながら、これまた本作の内容とよく響き合う歌詞になっています。

 「WILL」は4/4拍子の曲でしたが、この「未来のひとへ」は6/8拍子。この拍子は8分音符3つを1拍とする「2拍子系」ではあるんですが、1拍の中に3つの音価が含まれるため、内部に3拍子的なリズムを抱えています。うんたったー、うんたったーって感じですね。

 キリスト教系の宗教曲でよく使われる技法なんですが、三位一体(父=神、子=キリスト、聖霊の3つを同一のものであるとする考え方)を表現する時に、3拍子系や、6/8拍子などの3音価を含む拍子にするんです。そのやり方を踏まえると、「3つの言葉」をテーマにしたこの作品のエンディングが6/8拍子だというのは、これまたなかなか出来過ぎな気がいたします。エンドロールまでこうして邪推させてもらえるなんて、レビュアー冥利に尽きますわ。いやホントに。

 最初から最後まで、本当に有難く見させていただきました。ああ…歌もクライマックスに差し掛かりましたよ…終わってしまうのが名残惜しい……ああ、終わる……。

小さな夢を乗せた~手紙を~♪

あなたの未来ーへと~♪


 あっ?!


 ………ヴァイオレットの……義手の手が、「指切り」を……。


 少佐との誓いの指切りのシーンをラストに?!



 だはおあうえあふあぶらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!



 最後の最後にこんな…こんな素敵な「未来」を予感させる絵を仕込まれては……なぁんて卑怯なんだ……こんなの……こんなの!ムリにも程があるっ!!もおガマンならんっ!!

 ここは一つ!!バシッと言っておかねば!!いいですか、制作スタッフの皆さん!!






 ッブラァボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!(←ようやくブラボれた)



 スタンディングオベーションですよ!!「心の中で」だけど!!だって涙でボロボロで立とうにも立てないし!!でも全俺の中で拍手喝采です!!この作品の最初っから最後の瞬間まで詰め込まれた情熱と労力に!!そして溢れに溢れた「あいしてる」に!!最大限の感謝と敬意を禁じ得ません!!

 途方もない困難を超えて、この作品を完成させてくださったこと、世に送り出してくださったこと、本当にありがとうございました!!当レビューは、こんなに時間が経ってしまった上に拙いところばかりで、必ずしも皆さんへの恩返しになっていない気がするのが大変申し訳ないのですが…私にできる範囲で精いっぱいの感謝を込めたつもりです!!

 今までに皆さんが作られた、たくさんの大好きな作品には、今でも心揺さぶられ、元気づけられることばかりです!!この作品も、長く長く味わわせていただき、そこから受け取った大切なものをいつの日か、誰かに返していきたい、そう思います!!本作に関わられた全てのスタッフの皆さんに、私からの「あいしてる」をお送りしたい!!今までも、これからも、ずっと応援しております!!



京都アニメーションの皆さまに感謝をこめて



あいしてる






劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデンレビュー・完





 
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