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Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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「プロフェッショナル」考
 これは私がある意味生涯をかけて追求していながらも、まだ一向に答えが出せないネタなので(そりゃま、歳食ったとは言っても、まだ30代の若輩モンですからなぁ…)、中途半端に終わるとは思いますが、今とりあえず頭の中にあることだけを書き下してみます。

 「プロ」という言葉に我々が抱くイメージの中には、「高技能」というものが知らず含まれている気がします。「さすがプロだな」という言葉の裏には、「プロだからやはりすごいのだ」という気持ちが見え隠れしますし、「それでもプロか」という言葉には「プロのくせになんだその体たらくは」という意味合いが濃く影を落としています。

 じゃあ、そのイメージは正しいのか。そもそも「プロ」っていうのは、元々どんな意味なんだ?
 ネット上でちょっとしたことを調べるのに重宝しているgoo辞書によりますと、

プロフェッショナル [professional]
それを職業として行うさま。専門的。


 ふんふん、なるほど。別におかしいところはないじゃない。いやいや、ちょっと待った。確かにおかしなところはないですが、概ねの意味やイメージを掴むだけでなく、突っ込んで考えてみましょう。

 まず、「それを職業として行うさま。」とあります。じゃあ「職業」とは何であるか。同じく辞書で引きますと、

生計を維持するために日常している仕事。生業。職。


 とあります。つまりプロとは、「自らの生計を立てるために日常的にする仕事として行うさま」を指すものであることがわかります。或いは、上記のもう一つの意味をとって「専門的であること」でも良いのでしょう。



 ここで最初の疑問に戻ってみます。「高技能」という意味が上記の「プロの定義」から導かれるか。答えは「否」です。客がほとんど入らないラーメン屋であっても、地域の人から悪い意味で定評のあるヤブ医者であっても、それを生業としている以上、彼らは「プロ」です。また、大した成果も出せずのらりくらりと好きなことをしている研究者であろうと、誇れるレコードも持たずこの先著しい成長も見込めないスポーツ選手であろうと、それを専門的に行っている以上は、やはり彼らも「プロ」ということになります。つまり、「プロであるか否か」は、技能の巧拙とは無関係に決まるということに他なりません。

 では、何故「プロ」という言葉に対して我々は「高技能」であるかのようなイメージを抱いているのでしょう。これは私の推測ですが、本来は「生業として行う、或いは専門家として立つ以上は、高技能でなければ淘汰されるはず」だったからなのではないでしょうか。客の入らないラーメン屋は程なくつぶれますから、「プロ」ではなくなります。病を治せないヤブ医者も同様。成果の出ない研究者も能力向上の望めないスポーツ選手も、普通は長続きしないでしょう。

 これは、我々の抱く「プロ」の「高技能」というイメージについて、因果関係が実は逆であったことを示しています。すなわち、「プロだから高技能のはず」ではなく、「高技能でなければプロとして長続きしない」ということなのです。「プロ」になるのは実は簡単で、極端な話がその職業に就けばその日から「プロ」です。しかし、その肩書きを維持するためには、技能を磨いて高度なものを身につけ、生業として成り立つだけの自らの価値を外に示さなければならない、ということなのです。

 実際には、今は大変いい世の中なのでしょう、技能面でかなり問題があると思われる「プロ」でも、すぐに職にあぶれて食いっぱぐれるという事態はむしろ稀です。「疲弊した社会システムの残滓」にしがみつく形で、「価値の多様化」の名の下に、或いは「一時的な流行の恩恵」によって、「何故こんな程度の人が」と思わされるような人が立派に「職業人」として成り立っていることも少なくありません。そこそこにその技能の価値が買われていれば、その「プロ」が淘汰されることもありませんから、自然、世の中の「プロ」達が生み出す価値の総体的な平均レベルはどんどん下がっていきます。

 それは果たして、「プロ」に対して「高技能」を求める我々が、諸手を挙げて受け入れられる世界なのでしょうか。

~~~

 かみかみさんのブログでこんな記事が書かれていました。

 「うそつき」日日日:感想

 私自身は「日日日(あきら)」という方の作品を読んだことがないので、この作家さんへの評価に対しては完全にニュートラル、賛成も反対もありません。ただ、そこから発展して書かれている「商業作家」という立場の問題、簡単にその職業を成り立たせてしまう仕組みの問題については、非常に頷かされるものが多いです。今回私が記事に書こうと思った「プロとはなんぞや?」という話と大きく関連すると思うのですね。実際、いちいち名前は挙げませんが、「オレが趣味で書く拙いブログの記事よりも、明らかに遥かに文章が下手な市販小説ってどうなのよ?」とか思ったことも結構ありますし、でもそういう作家さんに限って結構売れっ子だったりすると、うーん、なんだかなーとか思わずにはいられません。

 「プロは自らの立場を甘受してはいけない。」

 それが、今のところ私が到達している答えの一つです。これと裏腹な課題として、受け手である我々にも、良い悪いを判断できる感覚を養うことが強く求められるでしょう。プロは自分の技能に満足せず更に上を目指す、受け手はそれを影ながら支えるべく、技能の良し悪しに応じた分の対価を払う。いいものを生み出すプロだから大成する、そんな世界をこそ、来たるべき未来として期待したいものです。



~~~

※おまけ:「セミプロ」考
アマチュア [amateur]
芸術・学問・スポーツなどを、職業ではなく、趣味や余技として行う人。素人。愛好家。アマ。

セミプロ [semiprofessional]
本職ではないが、技芸などが本職に準ずるもの。半玄人。


 上記「セミプロ」の意味には、既に「本職・専門家であれば高技能」という思い込みが透けて見えるような気が致しますがそれはさておき。この言葉の示唆するところには、次のようなテーゼが含まれると思います。

 「本職でなくとも、準ずる高みまで登りつめることは可能である。」

 アマチュアであることのメリットというものは厳然と存在しますし、そのことを甘受していても誰からもお咎めはありません。ですが、そのことは「どうせやるなら一番上を目指したい」という気持ちになんら制限をかけるものではないのです。「所詮は素人」と言われるのを承知の上で、否、そう言いかねない人を「本当に素人なのか」と唸らせるような、そんな高みを目指してみるのも悪くはありません。

 プロにはプロの意地がありましょうが、アマにはアマの意地があります。少なくとも、技能をさび付かせつつもお金を取っているようなプロに、金を取らずにただ好きだから技能を磨きつつやっているというアマが負けるのは、何だか悔しいじゃないですか。そんなわけで、私は私なりに、本気をかけて記事を書いてたりします。小ずるいことにアマの特権も享受しつつ、ね?(笑)
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
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コメント
この記事へのコメント
うーん・・・
常々、仕事をする上で意識してるのが「プロ意識」だったりします。
一応、俺は、金もらって働いてる以上は、プロだと思うわけですよ。
それで生計立てているわけだしねb
だけども、プロでも「プロ意識」を持って仕事をしている人は、少ない気がしますな。
「自分が得ている報酬に見合うだけの仕事を果たしてしているのか?」と問われて、YESと自信を持って言えるのか?
また、周りからもそれだけの評価を得ているのか?
結局ね、評価するのは自分じゃなく、周りの人間だったり、お客さんだったりするわけですb
自己評価と他人の評価にギャップがあれば、その人は自己満足で仕事をしているということになる。
でも、それじゃあかんのですよね、プロとしたらね。
相手に「金を払っても惜しくないくらい」の評価を得られないとダメだと俺は思ってるんですよ。
その為には、はやり努力は不可欠なわけで、自分の地位に胡坐かいてちゃあかんですわな。
2006/02/02(木) 19:37:50 | URL | ルシファ #-[ 編集]
なにやらアクセス数が多いと思いきや・・・
 こういうことですか(笑
 取り上げていただき感謝です。ついでに、あんまり意味のないTB返しもしておきましたw。
 言いたいことは自分のトコで既に語ってしまっているので、簡単に。

>「本当に素人なのか」と唸らせるような、そんな高みを目指してみるのも悪くはありません。

 少なくとも、そう唸らせるアマチュア小説家になりたいものですが、先はまだまだ遠いようです・・・。
 てりぃさんと自分では、分野は違えど目指している所は多分同じだと思います。
 まぁ・・・とりあえずは、てりぃさんと同じ高みに上るところからがんばって生きますジョ(=ω=) ノシ
2006/02/02(木) 20:26:51 | URL | かみかみ #wyPnW/yE[ 編集]
プロ意識、プロ裸足
「プロ=高性能」は道具から来るイメージが強いのではないですかね。「プロユース」は確かに使う人間にも性能を要求されます。
(お絵かきソフト一つ取ってもねw)


単純に生計が立てられると「プロ」なのでしょうか?

俺的に、金品授受が成立していたら「プロ意識」は持って貰いたいモンだと。

企業相手には金を取るが非営利目的個人には金を請求しない「素人絵描き」からでしたw

PS.野球やレスリングに付ける「プロ」の意味合いはど~よ?www
2006/02/02(木) 21:05:35 | URL | ごす #DR5k3gzs[ 編集]
プロっ!
どもです。相変わらず皆さん、この手の記事には反応が良くて嬉しい限りです。

>ルシファさん&ごすさん

実はですね、「プロ意識」という言葉を使わずにどこまで「プロ」というものに言及できるかを挑戦した記事であったりする訳なのですよ。極端な話、「プロ意識」って言葉を使ったらキモんとこは3行ぐらいで結論が出ちゃいます(笑)。

ま、それはそれとして。

ルシファさんの言われる「自分はプロたり得ているか」という視点は大変大事なわけで、そのことを自覚した方が良いよね、というのが記事の一番の主旨だったりもします。じゃあお前はどうなんだ、と言われた時に胸を張って答えられるほど自分は「プロ」たり得ていないような気もしますが、まずは気付きから入ろうというわけで。

ごすさんの言われる「生計が立てられるだけでプロか」という部分は、見解の分かれるところです。その部分は、続きを書くことがあったら言及してみたい点でして、実際には「金を取ってるけどプロとは言えないケース」というのも十分にあり得るのですよ。ただ、それを持ち出すとまとまらないので、上記では捨象しています。相変わらずお鋭い。

自分的には、上記のように技能と切り離してプロを見据えることで、「いいプロ」「ダメなプロ」という意識を持ち、その視点から改めて「いいプロ」を目指すべきではないか、と持っていきたかったのです。「プロ=職業人であるか否か」と「技能の巧拙」「意識の高さ・低さ」は相互に関連はしますけど、全部を混同して語ると訳がわかんなくなると思うのですね。

なお、追伸で書かれている野球・レスリングについても私は「職業野球人=プロ野球選手」「職業レスラー=プロレスラー」と割り切って考えているんですが、違和感ありますかね?

>かみかみさん

アクセスの足しになったのでしたら幸いです。ちょっと文脈が異なるので、ご迷惑かナーと思いながら、仲に甘えちゃいました(笑)。

高み、はですねー。どこまでも高いですからねー。ま、休み休み行きましょう。それこそがアマの特権の中でかなり有益なものの一つだとも思うので。
2006/02/03(金) 01:47:09 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
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★★☆☆☆ この歳でこれを書いたから凄い。だから受賞。 そういう安直な流れが昨今多いような気がするのは、気のせいではないだろうと思います。 本を売るために、作者が
2006/02/02(木) 20:19:24 | かみかみ神谷の凸凹にゃんにゃん