FC2ブログ
Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
   来訪者数: since 2004/12/2...  現在人が見てます
小説家と自動手記人形
 「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 上巻」に収録された一つ目の短編、「小説家と自動手記人形」を読みました。

 私は、「原作を全く読まずに、アニメを先に全部見た」口です。しかし、「原作の上下巻を全部読んでからアニメを見始め、その終盤で原作の外伝も入手した」という方も多いことと思います。中には、「原作の上下巻を全部読み、アニメは全く見ないで原作の外伝も入手・読破した。アニメはこれから見る(もしくは見る予定が無い)。」なんて方もおられるかもしれません。

 当ブログでのヴァイオレット・エヴァーガーデン原作に係るレビュー記事は、私自身の辿ってきた道、すなわち「アニメは視聴済み、原作はこれから」というスタンスで書いて参ります。当然そこには、アニメ版のネタバレがいくつも含まれることになりますので、読まれる方はその点をご承知の上でお読みください。

 ……まだ全部書くと決めたわけではないですよ?念のため。
 
 さて。

 しょっぱなから、アニメ版でもかなり評価が高かったように記憶している、第7話で採用されたエピソードです。

 しかし、アニメ版の構成~中盤への配置~と、原作の構成~一番最初に配置~が異なる以上、コアとなるモチーフが共通でも、細部の描かれ方は全く異なります。この辺が事前にちゃんと覚悟できているなら、読み比べが物凄く楽しいです。

 まず第一に、物語上のヴァイオレットの「段階」が違います。

 アニメ第7話でのヴァイオレットは、ここでオスカーのところを訪れるまでの彼女自身の軌跡が、丁寧に描かれてきていました。彼女が最初は何を知らなかったか、その知らなかったことをどのような過程を経て知るに至り、そうやって膨らませてきた彼女自身の経験をどのように段階を踏んで仕事に、そして次なる彼女自身の成長に生かしてきたか、それがしっかりと積み上げられてきたわけです。そして、第7話のラストでは、その積み上げがあるからこそ…という、原作の該当エピソードでは描かれなかったパーツへとなだれ込んでいきます。

 対して、この原作では…ヴァイオレットが如何なる存在なのか、そこについては何らの事前情報がありません。我々は、このエピソードの中心をつかさどる依頼主=オスカーと同じ知識と認識と誤解のままに、ヴァイオレットという名の自動手記人形という存在と初めて出会い、展開を踏んでいくのです。

 ここでの物語上のヴァイオレットは、何も知らないオスカーの視点で捉えられているがゆえに、まだ「まっさら」です。予断も何も、持ちようがありません。これから我々は、この世界の成り立ちであったり、自動手記人形という存在であったり、ヴァイオレットという少女の抱える問題であったり、そうした色々なものを知っていくのですが、今はまだそのほんの入り口に立っているだけなのです。


 そして第二に、ここで描写されるヴァイオレットは、アニメに比べて随分と人間臭く感じます。

 この感想は、原作が先でアニメが後、という方だと出てこないかもしれません。当時私は、アニメの第1話から第7話までのヴァイオレットの通ってきた道を見て、「随分と人の感情がわかってきたなぁ」と思っていたわけですが、その第7話時点のヴァイオレットと比べると、「まだ何の積み上げも明らかになっていないこの段階でも、こんなにも人間臭いんだ?!」という感想になるんですよ。

 普通にオスカーとやり取りできることはもちろん。

 家庭的な料理も普通にこなせるし。

 オスカーに「本当に困った御方ですね」と言う、同じセリフから受ける感じもまるで違います。

 極めつけは、とうとうオスカーが「彼女が人間である」ということに気付くところの、彼女の裸身の描写でしょう。挿絵こそついていませんが、ちゃんと艶めかしく感じられるように描写されていて、しかも彼女の頬はほんのりと薔薇色に染まる、という記述があるため、彼女自身の感情の発露がちゃんと感じられるんですね。

 この辺は、「感情というものについてまだほとんど知らない状態からスタートして、次第に積み上げていく」という構成を取ったアニメと、少なくともそういう構成を取っていない原作との、根本的な違いから来るものだろうと思います。


 第三には、オスカーを取り巻くあれやこれやが、結構改変されている、ということでしょうか。

 私が一番ショックだったのは、娘が言った「いつか」が、アニメではまだ元気な時でしたが、原作では今際の際(いまわのきわ)だったことでしょうか。こっちの方が読んでて辛いですね。娘が衰弱していく様もずっと多く描かれてますし。

 また、オスカーの情けなさやだらしなさの描写が三割増しぐらいになっています。ある意味、これも随分と人間臭いなぁと思ったものですよ。

 この辺、アニメと原作では、クライマックスへ持っていくための方法論が異なっているんだと思います。原作では、オスカーを襲った過去の悲劇や、彼の人間性をある程度詳しく描くことで、水上を渡るヴァイオレットを見た時のギャップを為す形になってるんじゃないかと。アニメでは、ある意味「途方も無いレベルの力技」が後押ししていましたからね。ま、どちらもがっつり泣けるので、どちらもいいと思います。

 余談ですが、あのクライマックスの描き方のところで、原作は「改行」を効果的に使って、表現の幅を増幅することを狙っているようです。これがですね、私のレビューのですね、叫ぶ時とね、ちょっとだけ似てるんですよ。ああー、こういう風に見えるんだーとね、要らんことを思ってしまいましたね。いやいや、おこがましいわ!>オレ


 とりあえず、こんなところかしら。

 読み始める前に、「原作とアニメは全くの別物である」ということを繰り返し心に刻み、しっかり飲み込んでから読み始めましたので、ちゃんと「異なるもの」として楽しむことができています。別物であることを踏まえた上で、アニメが原作からどのモチーフやテーマを抽出していったのか、そういったことに徐々に思いを馳せていければいいなと。

 繰り返し書いておきますが、「まだ全部書くと決めたわけじゃないから」。全部書くことを志して始めたけど完遂できてないヤツとか、どうにか完遂したけど書き始めから書き終わりまで3年近くかかった東映版Kanonの例とか、そういうのがウチにはゴロゴロ転がってますんで…。

 でもまあ、次の話くらいは、読み終えたら何がしか書いておきたい、とも思ってます。「いつか見せてあげる」ってことでどうでしょうか?(ぇー
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
■関連記事~
 島本Gガン3巻読了。 (2011/03/11)
 Megami MAGAZINE買うた (2005/03/04)
 悲報:オレ史上最速でネタバレを踏む (2018/04/14)
 事情を知らない転校生がグイグイくる。2巻 (2019/02/25)
 CLANNADオフィシャルコミック6巻 (2008/03/11)
 「背すじをピン!と」がものすごく面白い (2016/12/03)
 コミック版氷菓5巻 (2013/09/27)
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
※コメントについてのポリシーはこちらです。初めての方はご一読下さい。
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
※トラックバックについてのポリシーはこちらです。初めての方はご一読下さい。
https://terry.blog.fc2.com/tb.php/6793-23c47a28
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック