FC2ブログ
Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
   来訪者数: since 2004/12/2...  現在人が見てます
ARIA第4話見た感想
 順調に遅れ続けている「ARIAの感想」。関東では昨夜もう第6話放映されてるんだっけ?北海道でもおととい第5話が?いやーめんぼくない。

 で、うわさの第4話をようやく見ました。ストーリー的には、うわさに違わぬとてもいいお話でした。大体のスジが読めちゃって、もう一声、いいイミでの「うそッ!」というダダ漏れサプライズが個人的には欲しかったところではありますが、「そういうアニメじゃないのよ」と言われたらまあそうですな、と思いますので、十分に合格でしょう(実際、ちょっとうるっときた)。

 あの女の子がネコっぽいことは割と最初からバレバレなのに、ストーリー中ではあえてそれを言葉で語らせなかった辺りは、私はイキに感じましたね。適度に「不思議空間」を演出しようという意思の発露でしょう。思えば、最初の夕焼けをバックに立つ藍華の美しいシーンから、既に視聴者を幻想ワールドに誘い込む仕掛けは動き始めていたのかもしれません。
 はい、ARIAの感想は気持ちよく読み終わりたい、という方はここまでで退避されることを強く強く強~く推奨いたします。以下は、多分「気にしない人は全然気にしない」し、「気にならない人には全く気にならない」類の話ですので。

 上記のように大変いいお話であったとは思うのですが、鑑賞中、私は何度もその気持ちに水を差されました。「いいお話」の根幹とは全く関わりのない、「エアバイクの飛翔」関連の描写についてです。

 あまりにも動きの表現が稚拙ではないか?

 最初にバカボンパパもどき@ウッディくんが登場した時にもエラい違和感を感じたのですが、その後も違和感は消えず。人と多くの積荷を載せた機械のかたまりがかなりの速度で空を飛んでいるという、その実感が全然湧かないのですよ。重量感にしてもそうですし、風を切るようなスピード感にしてもそう。紙を切り抜いて作ったヒラヒラした絵を、糸で引っ張って動かして見せているような、そんな感覚なんです。また、恐らくツールの「拡大・縮小」機能に頼って動きを付けようとしているような、「魅せ方を追求している」とは言えない描写もちらほら。

 実はこの問題、これまで見てきたARIAの各話に共通して私が抱く不満だったりします。ストーリーの中心をなすゴンドラの航行シーンも、ひたすら静かに「平行移動」することが多いですし、第3話で空を行き交っていた多くのスペースシップも、揺らぎなどとは無縁な無慣性運動をしていました。ただし、今までにあったこれらのシーンは、ひたすら物静かなワールドを描き尽くすために、制作者が意図的にそのように描いている可能性も高いと感じましたので、特段触れずに来たのですよ。でも今回はさすがにちょっと。言ってみればウンディーネとシルフの受け持つ役割の違いを、周囲を取り巻く「風」の違いで描写できる、格好の機会じゃないですか。「なぜベストを尽くさないのか」

 昔のセルアニメと違って今や相当の部分がコンピュータ内で処理されているらしいアニメの制作においては、それこそセルアニメの時代にはありえなかった、様々なツールが利用できるようになっています。それは制作工程の省力化・時間短縮にも有効でしょうし、以前ではあり得なかったような高度な描写も実現するでしょう。でも、それを用いるのはあくまで人間。「ツールがあるから使う」「楽ができるから使う」のではなく、「やりたい表現・描写を実現するためにツールを利用する」であるはずなのです。「目指す表現ありき」です。なれば、「こういう表現を実現するためにどのツールを使うのが適切か、どのように用いれば自分が実現したい表現の100%に近づくのか」という「煮詰め」の過程を経るのが当然であって、「おお、拡大縮小機能を使ったら簡単に『遠くから近づいてくるキャラ』が出来たよ、便利だねー」であってはならないのですよ。

 ちょっとアニメの話から離れて、音楽の話です。私が好きなYMOというバンドが現役で活躍していた頃、Roger Linnの開発した電子ドラム、「リンドラム」が一世を風靡したことがありました。電子ドラムとしては非常に臨場感があり、しかも生のドラムと微妙に異なる一種の「味」がありましたので、これは多くのミュージシャンをとりこにしました。ネコも杓子もリンドラムという時代があったのです。しかし、出来合いのものを使うとどうしても避けられないのが「画一的になること」。聞き手としては「ああ、またリンか」みたいな一種の諦めもありました。

 さて、YMOもリンドラムを全面的に使ったアルバムを制作しています。「浮気なぼくら」というヤツがそれ。このアルバムには有名な「君に胸キュン。」も含まれていますので割と一般層には親しまれやすい反面、歌謡曲に近い「浮いた曲調」がそれまでのコアなYMOファンから一斉にそっぽを向かれたという曰くつきのアルバムです。ですが、ファンブックなどから当時の制作過程を読むと、その中には彼らなりの「音へのこだわり」がちゃんと根付いていることが確認できます。リンを使う際、彼らが足りないと感じたのは「音圧」や「臨場感」といった類のものだったようです。それを補うために彼らが何をしたかというと、リンドラムが奏でる音をいったんスタジオのスピーカーに流し、それを改めてマイクから集音したり、リンの音色を別なサンプラーに録って(サンプラーによって切り捨てられる部分が出るので音色が微妙に変わる)シーケンサで自動演奏させたり、音の立ち上がり部分や残響部分を各種のエフェクターを駆使して取り除いたり…普通ならあまりしなさそうな壮絶な試行錯誤の積み重ねでした。そうやって「これだ」と思う音を選び抜き、レコーディングを進めていったそうです。私の好きな「Focus」という曲の一発目のスネアがリンであることを忘れるほど強烈に響くのは、こうした彼らの音へのこだわりがあってこそなのでしょう。

 この話から私が学んだことは2つありました。一つは、「出来合いのものしか使わなくても、工夫次第で結果には様々なバリエーションを持たせることが可能なのだ」ということ。もう一つは、「目指すものをとことんまで追い求めていこう、という妥協しない精神から得られるものは決して少なくないのだね」ということです。

 どんなものでも「作品」を作る際、様々な制限は付き物です。それは納期であったり予算であったり人材であったり機材であったり、イヤになるほど多くの足かせがはめられることも少なくないとは思います。でも、作品の中で「どうしてもやりたいこと」があれば、何とかそれを守ろうとするはずです。視聴者もバカではありませんから、その「やりたいこと」にちゃんと気付き、「よくぞこれをやってくれた!」と言える人は少なからずいるはずです。私にとって作品の評価は、そういう「根ざしたイキ」を掘り当てて一個一個噛み締める作業なんですよね…。

 今回のARIAにおけるエアバイクのシーンでは、そうした気迫を感じなかったのが残念でした。もちろんこのシーンが「どうしてもやりたいこと」に入っていないことは十分ありえますし、このシーンが多少雑でもいいお話であったことは変わりありませんが…ストーリー上、エアバイクを描く必要があったから描いた、というだけだとすれば悲しいなと。描く必要があるものならせめて、「今話においてエアバイクの飛ぶシーンはこう描こう」という明快な意思が感じられるような、そんな描写を期待したいと思うのです。
楽しんで頂けましたらWEB拍手をお願いします。
■関連記事~
 日常の第10話 (2011/06/06)
 まさたかPの動画にハマりすぎな件 (2010/04/30)
 シュタゲ再放映が再放映で終わらなかった話。 (2015/12/03)
 リトバス Rf 第7話「5月13日」 (2013/11/17)
 名雪さんのブルーレイを…願う…のだが… (2009/08/19)
 けいおん!! #4 修学旅行! (2010/05/12)
 AIR 第四話 はね-plume- (2005/01/28)
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
※コメントについてのポリシーはこちらです。初めての方はご一読下さい。
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
※トラックバックについてのポリシーはこちらです。初めての方はご一読下さい。
https://terry.blog.fc2.com/tb.php/634-9a80449e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
 あう、4話からレビュースタートという遅い子ですがどうぞよろしくお願いし
2005/11/10(木) 18:46:53 | かみかみ神谷の凸凹にゃんにゃん
まったり~ぽわわ~ん~布団に入っちゃいけないよ~。…えぇえぇ、また寝てしまいましたとさorz何だ、アルファー波とかマイナスイオンとか出しているんジャマイカ(爆)本当に寝る前に見るにはぴったりですねぇ…問題はその後も起きていなければならないことだorz
2005/11/10(木) 22:57:36 | 万聞は一見に足るやも
やって参りました『ARIA』第4話。今回はシルフ(エアバイクでの宅配便)の仕事をしているウッディーさんがアニメ初登場です。
2005/11/11(金) 06:03:42 | blog不眠飛行