あんっなこっといっいなっ♪
すっればっいい!!
…とか言う、ヒドイ改変な上にすぐ終わってしまう替え歌を歌う先輩が眩しく見えた厨房時代…。
「ドラえもんとかはいいよな、夢があって。
オレは好きだよ、こういうの」
…とか言ってた、ちょっとニヒルだけどとてもふつーだった仲の良い同級生が、みるみる髪の毛のせり出し方&そり込みの鋭さが激しくなっていき、ほんの半年後には「どう見てもヤンキーです。本当にありがとうございました」な近寄れない人に成長してしまった厨房時代…。
いつまでも同じ子どものままではいられない。そういうことを無理矢理に自覚させられた思春期の真っ直中に、ドラえもんの快進撃は私と共にありました。
すっればっいい!!
…とか言う、ヒドイ改変な上にすぐ終わってしまう替え歌を歌う先輩が眩しく見えた厨房時代…。
「ドラえもんとかはいいよな、夢があって。
オレは好きだよ、こういうの」
…とか言ってた、ちょっとニヒルだけどとてもふつーだった仲の良い同級生が、みるみる髪の毛のせり出し方&そり込みの鋭さが激しくなっていき、ほんの半年後には「どう見てもヤンキーです。本当にありがとうございました」な近寄れない人に成長してしまった厨房時代…。
いつまでも同じ子どものままではいられない。そういうことを無理矢理に自覚させられた思春期の真っ直中に、ドラえもんの快進撃は私と共にありました。
忘れもしない、私が小学六年生にあがった春ですよ。現在まで続く「ドラえもん」のアニメが放映され始めたのは。ちょうど函館から札幌に引っ越して、生活も激しく変わるタイミング。今まで自分の生活と同義に思えていた友達関係は全て、出発する列車の窓から手を振ってお別れしてきてしまい、何もかもが新しくなってしまったあの春。思えば、今うちの長男って、小学六年生なんですよね。そう考えると、時間の経過とドラえもんの歴史の長さに改めて感じ入ることしきりです。
当時既に最初の全盛期に達していたコロコロコミックでは、毎号の巻頭のかなりの部分をドラえもんが占めていました。そこで慣れ親しんでいたドラえもんが、満を持してお茶の間に姿を現したわけで。弟二人と一緒に、まー毎回のようによく見ていたものです。
その一方で、私には「原作と同じではない」ということが既に気になっていたりしました。言語化できるほど明確ではなく、それほど不満なわけでもないのだけれど、自分が抱いてきたマンガでの「ドラえもん」とは何かイメージが異なるんです。今のボキャブラリーでその時の思いを再現すれば、こんな感じになるでしょうか…マンガで死ぬほど笑った部分、マンガで泣きそうになるほど感動した部分が、必ずしもアニメでは「そのまま」に表現されてはいない、と。
そうなんですね、マンガを書いているのは「藤子・F・不二雄」先生(当時はまだ合作ペンネームのままだったけど)。でも、アニメを作っているのはシンエイ動画のスタッフです。藤子先生ご自身が脚本を書かれたらしいごく一部の話を除けば、マンガを書いている人とは違う人が原作を元にして作っているのが「アニメのドラえもん」なのだと。そういう、今の自分には当たり前のことが、ちょっとした衝撃と共に自覚できた初めての作品が、この「ドラえもん」だったような気がします。
中学校に上がり、成長と共に自分の興味は他に移って、だんだんとドラえもんはマンガもアニメも見なくなりました。ごくたまに、久々に映画長編のプロットなどを目にした際には、「どんどん大仰になっていくなぁ」という印象を覚える程度。藤子先生が亡くなってしばらく後、弟子の人などが書いたらしい長編のマンガを読んで「…もう、藤子先生の思いとはどれほど離れようとも、売れる商品であり続けるために止められないものになってしまったのかな…」という寂しい思いをしたことが数回あったくらい。大山のぶ代さんを初めとする旧キャストの方々が全員代わると聞いた時にも、もう新たな感慨は湧かなくなっておりました。
それでも、改めて思い返すと、ドラえもんからもらったもの、というものは今でも自分の中にあるんですよね。未来の道具が、のび太との子どもらしいやり取りが、与えてくれたひとときの永遠の夢。どんなに「商品」として変質した部分があろうとも、自分の中で生き続けるものは当時のまま光り輝いています。だから、今でも時々思っちゃうんですよね、「てんとう虫コミック買い揃えてみたいなぁ」とか。いや、せめて、自分のお気に入りの話が入った巻ぐらいは買っておこうかとか。でも、うっかりそうするとコンプリート魂を揺さぶられ、バイバインで増えた栗饅頭に押しつぶされるが如く、ついつい買い進めた単行本に埋もれてしまう気がするので、何とか思いとどまっているようなわけでございます。
ところで私、第一期アニメ化(日本テレビ版といわれるヤツ)も見ていて全然おかしくない世代なんですが、なぜだかほとんど記憶にありません。何故かOPとEDの歌だけはよく覚えているんですが。それに、第一期ドラに先だって放映されてた第二期のオバQはよぉく覚えているんですがねぇ。だけどとっても立派なおーばけなんだってサ。
積み円盤が溜まってきた… (2020/04/22)
「宇宙鉄人キョーダイン」について (2007/04/16)
仮面ライダーカブト・41 (2006/11/19)
……「正義の味方、再び見参!」だと? (2009/11/21)
今朝のゾロリからプリキュアまで (2005/05/22)
「ナユキスト」ってナンだ? (2007/03/15)
10回めのヴァイオレット ・エヴァーガーデン (2020/11/18)
当時既に最初の全盛期に達していたコロコロコミックでは、毎号の巻頭のかなりの部分をドラえもんが占めていました。そこで慣れ親しんでいたドラえもんが、満を持してお茶の間に姿を現したわけで。弟二人と一緒に、まー毎回のようによく見ていたものです。
その一方で、私には「原作と同じではない」ということが既に気になっていたりしました。言語化できるほど明確ではなく、それほど不満なわけでもないのだけれど、自分が抱いてきたマンガでの「ドラえもん」とは何かイメージが異なるんです。今のボキャブラリーでその時の思いを再現すれば、こんな感じになるでしょうか…マンガで死ぬほど笑った部分、マンガで泣きそうになるほど感動した部分が、必ずしもアニメでは「そのまま」に表現されてはいない、と。
そうなんですね、マンガを書いているのは「藤子・F・不二雄」先生(当時はまだ合作ペンネームのままだったけど)。でも、アニメを作っているのはシンエイ動画のスタッフです。藤子先生ご自身が脚本を書かれたらしいごく一部の話を除けば、マンガを書いている人とは違う人が原作を元にして作っているのが「アニメのドラえもん」なのだと。そういう、今の自分には当たり前のことが、ちょっとした衝撃と共に自覚できた初めての作品が、この「ドラえもん」だったような気がします。
中学校に上がり、成長と共に自分の興味は他に移って、だんだんとドラえもんはマンガもアニメも見なくなりました。ごくたまに、久々に映画長編のプロットなどを目にした際には、「どんどん大仰になっていくなぁ」という印象を覚える程度。藤子先生が亡くなってしばらく後、弟子の人などが書いたらしい長編のマンガを読んで「…もう、藤子先生の思いとはどれほど離れようとも、売れる商品であり続けるために止められないものになってしまったのかな…」という寂しい思いをしたことが数回あったくらい。大山のぶ代さんを初めとする旧キャストの方々が全員代わると聞いた時にも、もう新たな感慨は湧かなくなっておりました。
それでも、改めて思い返すと、ドラえもんからもらったもの、というものは今でも自分の中にあるんですよね。未来の道具が、のび太との子どもらしいやり取りが、与えてくれたひとときの永遠の夢。どんなに「商品」として変質した部分があろうとも、自分の中で生き続けるものは当時のまま光り輝いています。だから、今でも時々思っちゃうんですよね、「てんとう虫コミック買い揃えてみたいなぁ」とか。いや、せめて、自分のお気に入りの話が入った巻ぐらいは買っておこうかとか。でも、うっかりそうするとコンプリート魂を揺さぶられ、バイバインで増えた栗饅頭に押しつぶされるが如く、ついつい買い進めた単行本に埋もれてしまう気がするので、何とか思いとどまっているようなわけでございます。
ところで私、第一期アニメ化(日本テレビ版といわれるヤツ)も見ていて全然おかしくない世代なんですが、なぜだかほとんど記憶にありません。何故かOPとEDの歌だけはよく覚えているんですが。それに、第一期ドラに先だって放映されてた第二期のオバQはよぉく覚えているんですがねぇ。だけどとっても立派なおーばけなんだってサ。
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この記事へのコメント
一週間、ドラえもんを肴に何を書くのかとwktkでしたが。
あぁなんだろうこの切ない気持ち…
大人だわ… てりぃさんは大人ね…んもぅ…(え?)
ドラえもんの卒業って、多くの日本人が経験している共有体験として多かれ少なかれ皆さん感じ入っているんでしょうねぇ…たぶん。
ボクはおそらく生涯ドラえもん卒業出来ない身体になってしまってますけど…ゲホゲホ。
ちなみにオススメは36巻です…きれいなジャイアン…
あぁなんだろうこの切ない気持ち…
大人だわ… てりぃさんは大人ね…んもぅ…(え?)
ドラえもんの卒業って、多くの日本人が経験している共有体験として多かれ少なかれ皆さん感じ入っているんでしょうねぇ…たぶん。
ボクはおそらく生涯ドラえもん卒業出来ない身体になってしまってますけど…ゲホゲホ。
ちなみにオススメは36巻です…きれいなジャイアン…
あー、似たような違和感覚えてましたわ、アニメ化当時。
自分の場合は「なんか絵が違う」(感覚的に)っていう漠然としたものでしたが。
しかし、今の目で見ても異様に笑える話とかあったりして、なかなか侮れないです。>ドラ
オトナでも笑える懐かしの作品として、トムとジェリーもあげておきたいなあ。
自分の場合は「なんか絵が違う」(感覚的に)っていう漠然としたものでしたが。
しかし、今の目で見ても異様に笑える話とかあったりして、なかなか侮れないです。>ドラ
オトナでも笑える懐かしの作品として、トムとジェリーもあげておきたいなあ。
2007/06/26(火) 22:37:10 | URL | みみずの神様 #-[ 編集]
ドラえもんから離れるのって出来そうで出来ないんですよね。
違和感も感じながら。
今見ても、初期の大長編ははまれます。バギーちゃん、最高。
違和感も感じながら。
今見ても、初期の大長編ははまれます。バギーちゃん、最高。
空前絶後のアクセス障害の中、勇猛果敢にレスを試みてみるナリ。
>TJ-type1さん
いやー、一週間も楽しみにして頂くような記事では…ありがとうございます。
36巻すか。そんな巻をいきなり買ってしまった日には、「とりあえず1巻から36巻までは揃えなきゃイケナイ」ような気分になりませんか?!(爆)
卒業、については、仰る通りでしょうね。その辺が、やはり国民的アニメと言ってもサザエさんとは違うところなのかなぁと思います。
>みみずの神様さん
違和感組ワショーイ(笑)。
実際、良くできたエピソードが多いですよね、ドラえもんは。ああ、いかん、そう言ってたらやっぱり読みたくなってきた(笑)。
トムジェリは、子どもらがはまっているのを見て、これまた世代を超えた魅力に満ちた、不朽の名作なんだなぁと思います。今見てもおもしろいですもんね、懐かしさだけではなく。
>わたるさん
なかなか「ドラ離れ」ができないとのこと。私自身もこんな記事を起こしている時点で、ドラ離れが出来ていないように思います。
初期の長編、私はそれこそコロコロで読みました。傑作が多いですよねぇ。
>TJ-type1さん
いやー、一週間も楽しみにして頂くような記事では…ありがとうございます。
36巻すか。そんな巻をいきなり買ってしまった日には、「とりあえず1巻から36巻までは揃えなきゃイケナイ」ような気分になりませんか?!(爆)
卒業、については、仰る通りでしょうね。その辺が、やはり国民的アニメと言ってもサザエさんとは違うところなのかなぁと思います。
>みみずの神様さん
違和感組ワショーイ(笑)。
実際、良くできたエピソードが多いですよね、ドラえもんは。ああ、いかん、そう言ってたらやっぱり読みたくなってきた(笑)。
トムジェリは、子どもらがはまっているのを見て、これまた世代を超えた魅力に満ちた、不朽の名作なんだなぁと思います。今見てもおもしろいですもんね、懐かしさだけではなく。
>わたるさん
なかなか「ドラ離れ」ができないとのこと。私自身もこんな記事を起こしている時点で、ドラ離れが出来ていないように思います。
初期の長編、私はそれこそコロコロで読みました。傑作が多いですよねぇ。
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