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Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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権利と責任
 責任の伴わない権利など存在しない。

 これを私は常識だと思っていたが、一般的にはどうやらそうでもないらしい。

 私は、自分のブログを開設する権利を行使し、そこに自分の意見や思いを記事にする権利を行使しているわけだが、そこにも当然責任がついて回っている。例えば、その記事の内容に対して、私はある程度の責任を持たなければならないはずである。私の記事がいわれのない人を傷つければ、そのことに対して謝罪する必要があるだろうし、内容について疑問を問いかけられればそこに何らかの回答をする必要も生じるだろう。いつ如何なる時でも、ブログの管理人は好きなことを好きなように無責任に書いてもよい、そのことに対して何の責めも負わない、などという都合の良い権利は、この世のどこにも存在しないのである。
 

 舞台が変わって、自分が管理していない掲示板(別に2ちゃんねるに限った話ではなく、どの掲示板であろうと同じことだ)の上での発言にだって、本当は責任がついて回っている。ただ、そのことを意識しない人があまりに多いし、問題が起こった時には所在が明らかで追求されやすい掲示板の管理人さまがその負担を肩代わりして下さっているだけの話だ。元を辿れば、問題を起こした発言者の責任がゼロなはずはない。煩雑でやっかいな「本来の犯人を捜す」ことをやめ、早期に解決が図られるように、社会のシステム上で吸収してもらっているだけなのだ。おんぶに抱っこ、である。しかし、そうして「負担を負わずに済んでいること」と「責任が存在しないこと」はイコールではない。

 ネットは確かにオープンな世界だ。垣根などどこにもない。だがそのことを、「オープンに何でも発言して良い」という風に曲解するのは間違ってはいないか。もちろん、何を発言したって構わない。ただし、「自分の発言の内容と、その結果に対しては一定の責任を持て」という絶対的なテーゼを守ることが最低条件である。完全にリスクフリー、全くの無責任に、何でも言っていいはずなどないのだ。

~~~

 他にも、色々な「権利と責任」があるはずだ。自分に関係のある「権利と責任」について、たまには考えてみることをお勧めしたい。例えば、公共の電波を受像器で受信し、映像作品を鑑賞する権利には、どんな責任が付随するだろう。或いは、市販の映像作品を鑑賞する権利には、どのような責任が付いてくるのだろう。仮にそれらの責任を放棄したとしたら、そのツケは一体誰が払っているのだろう。

 もちろん、人間たるもの常に聖人君主であれ、などと無茶を言うつもりはない。だが、「己の無責任な行動を時には恥じて省みる」ような慎ましさぐらいは多くの人にあっていいと思う。偉そうなことを書いている私自身も清廉潔白な人生とはほど遠く、人を傷つけたり負担をかけたりの繰り返しではあるが、その分を恥じる気持ちがあればこそ、違う機会に別な形で何らかの負担を追うなどの、バランス感覚を忘れずにいたいと思っている。罪滅ぼしには程遠いのだろうが、自分が本来追うべき責任に目もくれず権利だけを押し通そうとするよりはなんぼかましだ。

 責任の伴わない権利など、存在しないのだ。
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コメント
この記事へのコメント
まず誠意が大切ではないかと
 下の医療引用記事など興味深かったです。
 ネットについては自分もいろいろ失敗して注意していただいていますが、匿名であっても日常の延長なので付き合い方や言ってはいけないことは同じですし、好きになれない作品への野次、好きだからという甘えでの暴言はダメですね。
 「グレンガラン」は1~2話を見た限り自分はさほどはまらなかったので未見の4話についてはまるで分かりませんが、準備期間から長年携わってきた作品全体をまとめあげるプロデューサーが離れて作品の質が向上することは普通あまりないことでしょうから、たった1話に対する騒動で製作側、ファンが得た代償は大きすぎたきがします。こういうことが再び起こらないように祈ります。
2007/04/28(土) 05:14:52 | URL | かかし #-[ 編集]
グレンラガンの表記を間違えていました。すいません。
2007/04/28(土) 05:20:34 | URL | かかし #-[ 編集]
結局は人と人なんですよね
>かかしさん

ブログのサイドから落ちそうになっているので、このコメントへのレスだけは取り急ぎ。

他でも何度か言及したことですが、ネットという媒体を介したところで、その手前と向こう側にそれぞれ「人間」がいる、という点は不動なわけですよね。なのに、ネットを介することでその意識が希薄化し、とんでもないことをやらかす人の何と多いことか。そういう人は「相手にわかりさえしなければ何をやってもいい」などと、普段の付き合いでも思っているのではないか?なんて考えまで起こしてしまって、実に暗~い気持ちになってしまいます。(^^;;;

もちろんリアルであっても、コミュニケーションの齟齬というのは普通に起こります。ですが、それを修復しようという努力も同時になされるわけであって、それが世界を一定の枠内に定着させているんだろうなぁと思うわけで。リアルでできることならば、ネットでも当然できたっていいわけですよ。何故できないんだ!などと、ちょっとアオく叫びたくなったりします。

響鬼でプロデューサ&一部の主要スタッフ交代、という悲しみを経験した者としては、その悲劇を自ら呼び寄せてしまったようにも見えるグレンラガン(私も最初は「ガラン」と思っていました(^^;)のファン達が、とても無関係のように思えません。起こってしまったことは仕方がないとは言え、せめてその教訓が生かされる未来を、ともに見つけていきたいなぁと思うわけですわ。

そんな理由でちょっと暴走気味に色々書いた記事に、こうして多くの方から反応を頂いておりますこの現状を感謝しつつ、何かの良き成果が将来に繋がっていくことを願ってやみません。
2007/04/29(日) 22:45:03 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
異口同音
 私はガイナックスの件とかは「そういうことがあったのですね」程度にしか知りませんので、なんらコメントするようなものは持ち合わせていませんが、てりぃさんの仰る「権利と責任」というのは全くもってそのとおりと思います。
 私自身も常々、いや学生の頃から世に氾濫する「自由」という錦の御旗に違和感を感じ「自由」と「我が侭」とは何が違うのか?世のあらかたで「自由」が主張されるとき「身勝手」でない場合がいかほどあるというのか?
 なんだかそんなふうに考えていったとき「自由」って言葉は訳語としてカタワなんじゃないか?原語であるべき「フリーダム」に「自らを由とする」なんて漢字を当てはめるから皆間違った解釈をしてしまうんじゃないか。本来「フリーダム」には責任に基ずくという大前提があるはずなのにと。

 そう思って以来、私の中では「自由と自律は1セット」ということになっています(笑)
「自らを律する強い意志が無ければ自らを由とするにあたわず」という意味合いでの言葉なんですが…。
 匿名性が高ければ尚の事、気を配るべきと思うのですけどねえ。
2007/04/30(月) 02:12:18 | URL | 六連星 #-[ 編集]
けだし名言
>六連星さん

>「自らを律する強い意志が無ければ自らを由とするにあたわず」

いやー。震えますな。素晴らしい言葉だと思います。

自分自身、「自らを律する強い意志」などというレベルには程遠い下位にあることを、イヤでも自覚させられる日々を送っているわけですが、それでもそういう言葉を胸に、「今のままじゃいかん、目指すべきはあそこだ」と意識し続けたいですよね。

自由と自律、ね。これは私の辞書の中に加えさせていただきますよ。いやー、いい言葉を読ませていただきました。ありがとうございます。
2007/04/30(月) 11:24:43 | URL | てりぃ #O8jQI81I[ 編集]
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