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Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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Dies Irae(怒りの日)
 人が死んだ。

 彼を死に追い込んだ者がいる
 と、
 誰かが叫んだ。

 人という人は皆、
 その者を責め立てた。

 翌朝。
 その者は死んだ。
 
~~~~

 何故にこうも世の中でスケープゴートが求められているのか、恐ろしくてならない。と言っても、悪いことをした者をかばうつもりはない。悪いことをした分、その者は報いを受けるべきだ、それは当然のことだ。だが、その者を裁くのが、民衆の怒りの声であってはならないのである、世論であってはならないのである。

 仮に、誰一人悪者がいないとしても、不幸な出来事は世の中に起こる、人も死ぬ。だが、人はそんな時でも犯人を捜す。具体的な、怒りをぶつける相手を欲する。そして、そう思える相手が見つかるやいなや、怒りの声は大音量で津々浦々にまでこだまし、日本列島を揺るがすかの如き地響きとなってその相手に襲いかかる。

 悪者を見つけて、その者を責め立てれば、気は晴れるだろうか。いや、不幸の当事者にとっては、それでも悲しみは残るだろう。取り戻せない不幸もある、帰ってこぬ人もいる。それでも責めずにいられない、それが当事者というものなのだから、それは仕方がないことだ。当事者にはそうするだけの権利がある。

 しかし、「悪者」を責めて気が晴れるのは、不幸の当事者ではない、ただの野次馬達だ。それが何かの役に立つか。不幸の当事者に代わって声を上げていると?或いは、甘い司法に代わって裁いているのだと?否、あなた方が叫ばずとも、当事者はちゃんと声を上げる、司法も己が仕事を全うする。結局、あなた方が叫ぶのは「そうしたいから」だ。そして、あなた方が叫ぶことで、その負うべき報い以上のものを「悪者」に負わせることになる。「悪者」が本当に悪いことをしたのだとしても、相応の罪というものがあるだろう。その何倍のもの負担を、客観的な裁きも経ずに、無理矢理背負わすことが果たして正義か。


 不幸の拡大再生産が、世の中を幸せにするはずがない。我々が為すべき事は、悪者を見つけて晒し上げにすることではない。我々は、当事者の不幸を悼みつつも、不幸な出来事から何らかの教訓を得て、次にはもうこんな不幸が起こらないようにと、目に見える対策を講じていくべきなのである。罪と裁きは然るべき人に任せて、必死に良い世界を目指していくべきなのである。

~~~~

 人よ。
 人々よ。
 安い怒りに決して身を委ねるな。
 その行いは、いつかきっとその身に返る。
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