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Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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未完の大作を完成できると思う傲慢に
 例えば。手塚治虫先生のライフワークにして未完のシリーズ「火の鳥」を、AI技術を駆使して完成できる、と思う人がいたなら、私はその為そうとすることを、ただの傲慢としてしか捉えないだろうと思う。

 それがJ.S.バッハのフーガの技法の終曲だろうと、アマデウス・モーツァルトのレクイエムだろうと、同じことだ。それらは遺されている部分のみでさえ眩いばかりに輝き、堂々たる姿を我々に見せてくれるし、これがもし完成していたらと思うと無念でならないが…絶対に、永遠に、完成することは無いのだ。それらの作り手は、少なくとも我々が生きるこの世界から去ってしまったのであり、二度と舞い戻ることは、無い。仮に…私自身はそういうことは起きないだろうと思っているが…輪廻の法が明らかになって、手塚治虫先生ご本人がこの世界に転生したとしても、恐らく、その転生・手塚治虫先生が書いて完成させた「火の鳥」は、もうあの頃に思い描かれていたそれとは、別物になっていると考えるのが妥当だろうと思う。創作という一瞬の奇跡の技は、それを生み出す本人にとってさえその瞬間瞬間の閃きの賜物であり、僅かなりとも時が過ぎれば、全く異なる様相を示すものなのだ。だから、存命のアーティストでさえ、時代によって作風が変わるのだ。

 AIは、人間の手作業では到底なし得ないことも実現してくれる、非常に役に立つ技術には違いない。だが、人間という不確かな存在が長い研鑽と天賦の才を駆使したのちに、刹那の閃きの助けも借りて為す「創作」という奇跡を、代行してくれるようなものでは決してない。

 AIそのものではなく、AIをそうした「先人の創作の再現」に使わんとする人間にこそ問いたい。汝のそれが、ただの驕りであると知ってのことなのか、と。
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