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Old Dancer's BLOG
ここはてりぃが、趣味の共通する方々との得がたいつながりのために、自分の趣味に関係する諸々のことを、壊れながら書きつづるブログです。
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接客業たるもの
 本日は、これまでも何度か行こうとしたけど色々と邪魔が入っていけないでいた、床屋に行ってまいりました。えっ、切るものがあるのかとか、そういう核心に触れることを聞いちゃダメ!!

 で。床屋の滞在時間は、まあいいとこ30分強ぐらいだったわけですが。

 その間に、とてもイヤな思いをしたわけですよ。

 最初に、髪全体を切って整える作業が入るわけですが…その作業してくれたおにーちゃんがですね、えへんえへんと、何度も咳払いしてるんですよ。

 ………カンベンしてくれっ!!

 新型コロナウイルスによる肺炎がこれだけ取り沙汰されていて、どうやら札幌市内でも感染経路不明の患者さんが出たらしいとか言われているこのタイミングで!!風邪っぽい症状が出てるのに!!マスクもしないで接客とか、どういう神経をしてるんだアンタ!!!

 その後の、顔剃りとかシャンプーとかしてくれた他の店員さんも、私に関わらなかった他の店員さんも、ちゃぁんとマスクしてるんですよ?(しかも彼らは咳き込んだりはしていない) なんで!!咳っぽいのが繰り返し出てるアンタだけ!!よりによってマスクすらしないで接客してるの!!!おかしーだろ!!オカシーと思ってくれよ、頼むよ!!!

 うちに帰ってきてから、めっちゃ手洗いしてメッチャうがいしましたよ。うううう、大丈夫なんだろうな…。
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「陥穽に落ちた時」こそ応援の時ではないのか
 槇原敬之さんが、覚せい剤取締法違反で逮捕された、とのニュースを目にしました。約21年前の逮捕以来、2回目とのことです。

 私個人の思いを率直に述べますならば、「再犯されたことが間違いない事実なのだとしても、是非また頑張っていただきたい」というところでしょうか。「またかよ」とか「何やってんだ」系の感情は、一切湧いてきませんですね。

 薬物依存というのは、犯罪であること以前の問題として歴とした「治療が必要な病気」ですので、薬物依存からの脱却の道のりは言わば「闘病」なわけですよ。闘病している人が、症状が再び重くなったからって「またかよ」とか「何やってんだ」って言いますかね?言わんでしょう。前から何度も書いてますが、依存症というのは人間個人の意思の力だとか根性だとかでどうこうなるようなもんじゃあないのです。その辺を全く理解していないような言説がこの国には多すぎる!

 私自身には、槇原敬之さんのファン、というほどの強い感情はありません。もちろん、好きな曲はいくつもありますが、言ってみればそのくらいどまりです。でも、それでも、応援はしたいね。彼自身にも、今回こうなってしまったことへの後悔はあるんだろうなぁと思いますし。また頑張ってほしいと思います、はい。
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未完の大作を完成できると思う傲慢に
 例えば。手塚治虫先生のライフワークにして未完のシリーズ「火の鳥」を、AI技術を駆使して完成できる、と思う人がいたなら、私はその為そうとすることを、ただの傲慢としてしか捉えないだろうと思う。

 それがJ.S.バッハのフーガの技法の終曲だろうと、アマデウス・モーツァルトのレクイエムだろうと、同じことだ。それらは遺されている部分のみでさえ眩いばかりに輝き、堂々たる姿を我々に見せてくれるし、これがもし完成していたらと思うと無念でならないが…絶対に、永遠に、完成することは無いのだ。それらの作り手は、少なくとも我々が生きるこの世界から去ってしまったのであり、二度と舞い戻ることは、無い。仮に…私自身はそういうことは起きないだろうと思っているが…輪廻の法が明らかになって、手塚治虫先生ご本人がこの世界に転生したとしても、恐らく、その転生・手塚治虫先生が書いて完成させた「火の鳥」は、もうあの頃に思い描かれていたそれとは、別物になっていると考えるのが妥当だろうと思う。創作という一瞬の奇跡の技は、それを生み出す本人にとってさえその瞬間瞬間の閃きの賜物であり、僅かなりとも時が過ぎれば、全く異なる様相を示すものなのだ。だから、存命のアーティストでさえ、時代によって作風が変わるのだ。

 AIは、人間の手作業では到底なし得ないことも実現してくれる、非常に役に立つ技術には違いない。だが、人間という不確かな存在が長い研鑽と天賦の才を駆使したのちに、刹那の閃きの助けも借りて為す「創作」という奇跡を、代行してくれるようなものでは決してない。

 AIそのものではなく、AIをそうした「先人の創作の再現」に使わんとする人間にこそ問いたい。汝のそれが、ただの驕りであると知ってのことなのか、と。
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ブレイカーとバランサーは、「対立項ではない」のでは?
 飲んだくれて酔っぱらってぐでんぐでんの一歩手前でこの記事の一つ前のを書いて、これで今日はザッツ・オール、あとはオフトゥンへGO!という勢いのあたしなんですが、明日の仕事の分のリソースをちょっとだけ削り取って(削り取っちゃうのかよ!)、少しだけ。

 先日、ブレイカーとバランサーについてちょっと書きましたが、その後、うだうだと自分の中で考えが煮詰まってきていて、この二つは実は対立項ではないんじゃないのか、という気持ちになってきています。

 その辺、今日の仕事が終わったら書こうと思っていた内容が今も頭の片隅にあるんですが、現実は残念ながらそうならなくて、私の中に残っていたリソースは「映像研」に全振りになってしまったので(苦笑)、そちらは後日書くことにします。その頃に「まだ書く気が残っていたら」のハナシですが。

 そーいやぁ、年末近くにアニマックスで一気放送をやってた「3月のライオン」、一期分しかやってくれず、二期分を未視聴なんですが、DVD借りないとダメなんですかね。あの辺の描写も狂おしいほどに好きで好きすぎて、アニマックスこら、はよ放映しろおおおおとか叫んでたのに、3月の放映予定とか見ても全く放映される気配が無いので、いったん解約しちゃったんですが。もうね、好きなんですよ、ああいう、「彼方を目指す際にどうしても向き合わざるを得ない何か」を描く作品が。「それでも彼方を目指す」、「それでも証を探す」、それが人間だもの。ねぇ。

 まあ、「ブレイカー」に思えたり「バランサー」に見えたりっていうのも、そういう人間の特質が根っこにあって、二次的に生じてるものなんじゃないかという気もしますね。あ、この辺はもうちょっとシラフの時にちゃんと考えて、後日書きます。その時にその気があれば、ね。
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「ニュースバリューが高い状態」に騙されない
 「ニュースバリューが高い状態」というのがあります。

 「ニュースバリュー」はそのままの意味では「ニュースの価値」ですが、要すれば話題性のあるものについて、多くの人がそれを求めるようにして読んでくれる状態が「ニュースバリューが高い状態」です。今なら新型コロナウイルスによる肺炎、なんてのがまさにその状態ですね。

 で、その状態になると、ホントに色んなニュースが出ます。色んなニュースのうち、自分の中に入ってきやすいものは「自分が好ましいと思うもの」です。うっかりしてると、そういうのが大半になります。これを、決して忘れちゃいけない。真実だけが自動的に自分の中に入ってくるのではなく、自分で好ましいと思う情報を選択して取り込んでいる状態になりやすいのです。大概、その延長線上に、パニックだとか悪い意味での熱狂的な何かが繋がってきます。そんなのがいい話のはずがない。

 世の中で、わぁーっと盛り上がるようにニュースが出てきた時には、自分はむしろ努めて冷静にそれらの情報を見るべきです。斜に構えるまでやると逆の弊害が出ますが、結構な距離を置いて、俯瞰するくらいがちょうどいいでしょう。そうやって見ていると、そういう自分と同じような冷静なスタンスで出されているニュースも目に止まるようになるはずです。そこには、熱に浮かされたように煽ってくるものよりは、自分の役に立つ情報が入っている可能性が多少は高いんじゃないかと思うわけです。

 まあ、まずは落ち着けってことなんですけどね。
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